『野生化するイノベーション』(新潮選書)で、イノベーションがスティーズ・ジョブズのような一人のカリスマに紐づくだけではなく、「群生」したり「移動」したりすることを解き明かした早稲田大学商学部の清水洋教授。コロナ後のイノベーションについて、人が直接対面できないことへの影響について聞いた。
清水さんによれば、イノベーションに対するコロナの影響として、まず「プロセス」の問題があるという。
「例えば、ノーベル経済賞学者のケネス・アローは小さい組織のほうが〝新規性〟の高い事業に取り組むことができるとしています。なぜなら規模の小さい組織のほうが情報伝達のロスが少ないからです。
まだ気づきの段階と言えるような新規性の高い発見は、言語化することができず、完全に伝達することができないため、多人数での情報共有は難しくなります。同じように、対面とオンラインでは、対面のほうが情報伝達のロスが少ないのです。
つまり、少人数で直接コミュニケーションをとったほうが、情報の伝達がしやすく、その重要性を共有することができます。そういう意味で、新しい発見をイノベーションにつなげていくには、対面のほうが望ましいと言えます」
同時に、ここでマネジャーがどのように関わるかということでも結果に大きな違いが出てくる。『野生化するイノベーション』では、「ペニシリン」の発見を例に出して紹介している。ペニシリンは、雑然として研究室で、たまたま培養中のブドウ球菌にカビの胞子が落ちたことで偶然発見(セレンディピティ)されたものだ。もしここで、研究者とは別に厳格なマネジャーがいて研究室を清潔に管理し、実験が横道にそれることを許容しなければ、セレンディピティをイノベーションにつなげることはできなかった。
実務者とマネジャーが同じであれば問題はさほど大きくないが、非対面で実務者とマネジャーが別々であれば、情報伝達のロスはより大きくなる。一方で、対面はオンラインにくらべると、効率性は下がる。新規性の高い案件とそうではない案件で、対面とオンラインを使い分けることも大事だ。
次にイノベーションに影響が出るのが「領域」だ。
「次にどこでイノベーションが起きるのか? それは人、設備、資本といった経営資源、生産要素が影響してきますが、端的に言えば、価格変動がイノベーションを呼び込むことになります。例えば、イギリスにおける『産業革命』は資本に対する人件費の割合がアップしたことで、機械化という形で起きました。投資をして人件費を削るようなイノベーションを導入すれば儲かるという状況が生まれたからです。コロナ禍においても、グローバルサプライチェーンが分断されたことによって、価格変動が起きています。ここでは安くなることではなく、高くなった所にチャンスが巡ってくるのです。つまり、〝高い〟を技術で代替するという発想です」