2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2021年2月16日

 コロナ禍の最中、政府が11カ国・地域の外国人に例外的に認めていた入国制限緩和措置を通じ、11月から1月後半までの3カ月弱の間に12万8625人が来日した。国籍別で最も多く入国したのが5万5754人のベトナム人で、中でも実習生は3万2305人に上った。

 ベトナム人実習生の入国は今年初めからさらに加速し、1万7000人以上が日本へ駆け込んだ。その数は、同じ時期に緩和措置で入国した外国人全体の6割にも達したほどだ。結果、昨年6月末時点で約22万人を数え、実習生全体の半数以上を占めていたベトナム人の数は、25万人前後まで増えたと見られる。

 なぜ、ベトナム人実習生の入国ラッシュが起きたのか。

ホーチミン市(kenhophotographer/gettyimages)

 実習生は、現地の送り出し業者を通して日本へ派遣される。新聞やテレビでは「送り出し機関」と呼ぶが、実際には民間の人材派遣業者である。その送り出し業者の間で、昨年末からこんな噂が流れていた。

 「コロナ感染が拡大しているので、日本が3月末まで実習生の受け入れを止めるかもしれない」

 噂は現実となり、日本は1月後半に実習生などを対象とした入国制限緩和措置を一時停止した。その前に送り出し業者が、日本での就労先が決まっている実習生たちを急いで派遣したわけだ。業者関係者によれば、現地では航空券の奪い合いまで起きていたという。

 日本に行けるかどうかは、実習生にとっては大問題だ。彼らは送り出し業者に対し、多額の手数料を支払っている。借金に頼ってのことである。日本で働かなければ、借金は返済できない。

 実習制度は、実習生が金銭的な負担なく来日できるよう定めている。来日前に送り出し業者が実施する日本語などの研修、また渡航の費用にしろ、日本で実習生を受け入れる企業が負担する決まりだ。しかしベトナムでは、実習生は送り出し業者に金を払わなければ、日本へは行けない。

 ベトナム政府は送り出し業者に対し、実習生から「3600ドル」(約38万円)を上限に手数料を取ることを認めている。しかも、この上限が全く守られていない。数年前までは、日本円で100万円以上の手数料を徴収する業者も多かった。現在の相場は6000〜9000ドル(約63万〜95万円)程度だが、それでも政府が定める上限をかなり上回る。

 実習生として日本での出稼ぎを希望するベトナム人は、地方の貧しい若者たちが中心だ。たいていは農村部の出身で、月2〜3万円程度の収入で暮らしている。業者へ支払う手数料は、家族の年収の2倍以上にも相当し、借金でしか工面できない。

 コロナ感染が拡大する日本での出稼ぎは、実習生にとっても不安が大きいことだろう。それでも借金返済のため、日本が入国を止める前に出発を急いだ。

 送り出し業者としても、1人でも多くの実習生を派遣したい。実習生の手数料は、業者と契約した時点で半分が支払われ、残り半分は日本への出発直前に収めることになっている。業者は実習生を送り出せなければ、手数料の半分を取りはぐれてしまう。

 さらにいえば、日本側で実習生を仲介する「監理団体」の事情もある。監理団体は実習生の就労先となる企業や農家から、1人につき月3万〜5万円を「監理費」として受け取る。実習生が来日できなければ、そのぶん収入も減ってしまう。そのためベトナムの送り出し業者には、監理団体から「実習生の受け入れが止まる前に急いで送れ」という指示が相次いでいたという

 こうした実習生や送り出し業者、そして日本の監理団体の思惑が重なり合って、ベトナム人実習生の駆け込み入国が起きたのだ。

 ベトナム人実習生が多額の借金を背負い来日する問題は、新聞などでも頻繁に報じられる。その論調は、決まって「現地に悪質業者がいて、違法に手数料を取っている」というものだ。

 だが、悪いのは業者だけなのだろうか。そもそもベトナム政府が手数料の上限まで定めながら、なぜ全く守られないのか。そにには、ベトナム特有の〝事情〟が影響している。

 日本への実習生送り出しには、ベトナム労働・傷病兵・社会省海外労働局の認可が必要となる。日本側で実習制度を統括する公益財団法人「国際人材協力機構」(JITCO)によれば、ベトナムの認可業者は397社に上る。ベトナムでは、認可を取ることは容易ではない。

 ベトナムは汚職と賄賂が蔓延る国だと言われる。実習生の送り出しにも、汚職大国の壁が立ちはだかる。首都ハノイの大手送り出し業者で幹部を務めるグエンさん(仮名・30代)は、絶対匿名を条件にこう話す。

 「送り出し業者としての免許を取るには、当局とのコネと金が必須です。どちらが欠けても免許はもらえない」


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