NHKスペシャル「アウシュビッツ・死者たちの告白」(6月20日)は、優れたドキュメンタリーとして各種の賞を受けた作品の再放送である(2020年8月16日放送、文化庁芸術祭優秀賞)。
「アウシュビッツ」は、ポーランド南部のクラクフから乗用車で1時間ほどの距離にある。ソ連軍によって、解放されるまで約110万人がガス室などで大量殺りくされた。
2020年1月に筆者はその地を訪れた。「働けば自由になる」という、ドイツ語で書かれた入り口の上方に掲げられた有名な標語をくぐった。収容所の蚕棚のような収容空間、収容者から奪った大量のカバンや靴、ガス室の天井から散布された殺虫剤の「チクロンB」の空き缶の山……。
収容者のひとりであり、医師であった、ヴィクトール・E・フランクルが執筆した「夜と霧」は、学生時代の必読書とされていた。大量虐殺の地で、人はなにに希望をいだきながら生きようとしていたのか。
NHKスペシャルは、ガス室の周辺から発見された、瓶や箱に入った大量のメモに焦点を当てた。収容者の側からみたフランクルの「夜と霧」とは、まったく異なる視点から、人間の深淵に迫る。
メモを残した人々は、「ゾンダー・コマンド」と呼ばれる。収容者のなかから選別されて、ガス室送りや遺体の焼却、骨を粉砕して近くの川に流して、ナチスの証拠隠滅を図る協力をさせられた。
メモは、1945年から1980年にかけて、ガス室の周辺8ケ所で発見された。これまでは、紙のいたみが激しかったので、文字を読み取るのは困難だった。
アウシュビッツ博物館・資料部部長のヴォイチェフ・プウォサはいう。
「ゾンダー・コマンドの公式記録は残っていない」
唯一の証拠写真といわれるものは、地上にならべた多数の遺体を焼却する、ゾンダー・コマンドの写真だ。番組の後半に至って、この写真が「悲劇」を証明する。
デジタル技術の進歩によって、ようやく読めるようになった。イニシャルや書かれていた言葉が、東欧のユダヤ人社会で使われいた「イディッシュ語」か、あるいは出身地のギリシャ語だったのか、などによって、3人の「ゾンダー・コマンド」を特定した。
まず、出身地がポーランド東部の町であることと、妻の名前から、ユダヤ教のリーダーとして人望のあった、レイブ・ラングフスがわかった。妻と息子と一緒にアウシュビッツに移送され、ふたりの家族はガス室送りになった。
「詳細」と書かれた束は、自らに対する非難の言葉が書き綴られていた。「(収容者のなかで)抵抗する者は、射殺されるか、犬に食い殺される。8歳ぐらいの少女から『人殺しはあっちにいって。弟に触れないで』といわれた。少年には『どうして、殺人者として生きることは私たちより大事なのか』と問われた」と。