2022年10月1日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年12月10日

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 11月3日、国連安保理事会はボスニア・ヘルツェゴビナの治安維持を担うEU主導の部隊EUFORのマンデートを一年延長した。安保理の投票において、西側諸国はロシアと中国の黙認と引き換えに決議からサラエボの上級代表事務所(OHR)への一切の言及を排除することに同意した。

 OHRについては、セルビア人指導者もロシアも長年、その廃止を望んできた。こうした背景もあり、フィナンシャル・タイムズ紙の欧州担当エディターTony Barberは11月8日付の論説‘Waning western support of Dayton accord is a bad omen for Bosnia’で「EUと米国が欧州の裏庭でその権威を主張しようとする政治的意思を欠き、ロシアの横車になすすべがないように見える」と非難する。

Derek Brumby / iStock / Getty Images Plus

 ボスニア・ヘルツェゴビナの人口は、戦争の前は420万であったが、今は270万ないし330万ではないかと言われる。この程度の規模であれば、市長がいれば十分かも知れないが、デイトン合意はこの国をボシュニャク(イスラム)およびクロアチア人(カトリック)が中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア人(セルビア正教)が中心の「スルプスカ共和国」の2つの主体から構成する一つの国家に編成した。3主要民族をそれぞれ代表する3人が大統領評議会メンバーを構成し、交替制で同評議会議長を務めるが、現在セルビア人の代表を務めるのがミロラド・ドディックである。

 この体制の崩壊の脅威となっているのが、セルビア人を率いるドディックである。上級代表は国連に対する10月30日の報告でこの国が「最大の存立の脅威」に当面しており、最近のセルビア人の行動はデイトン合意の破壊につながり得ると警告しているが、具体的には、去る10月初め、ドディックが、国軍から離脱する(そのほか統一的な司法や徴税機関からも離脱する)、国軍の「スルプスカ共和国」からの撤退を求めセルビア人独自の軍を組織すると脅迫まがいの発言を行ったことを指している。

 ドディックはかねて上級代表の廃止を要求している。上級代表はデイトン合意に規定される機関であるが、その権限は1997年に和平履行評議会により、国内の合意が成立しない場合に拘束的な決定を行い、デイトン合意の脅威となる政治家・当局者などを解任し得ることに大幅に強化された経緯がある。これは、ボスニア・ヘルツェゴビナが分解することを防ぎ、国家として機能させるための仕組みであるが、この国を外部から管理するいわば総督にも例え得る地位であり、ドディックが敵視することに不思議はない。これに同調しているのがロシア(恐らくは中国も)である。

 EUFORのマンデート延長はどうしても必要であり、11月3日の決議採択に際しては、西側としては、上級代表事務所への一切の言及を排除することを条件とするロシアの要求に応ぜざるを得なかったのであろう。ロシアの狙いは上級代表の正統性に難癖をつけ、その権威を貶め、デイトン合意そのものを危うくし、西バルカン地域における西側の立場を害することにあるのであろう。

 デイトン合意の構造は民族的な分断を固定化する作用を伴ったように思われる。この構造を機能させるには上級代表は必須のように思われるが、西側がその機能を擁護して行くことは容易ではない。上記Barberは、「西側は分断の共犯になるべきでない」と主張するが、言うは易くしてこれに抗することも容易ではない。

  
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