さらにエネルギー安全保障の概念も変わりつつあり、何十年にもわたり石油の世界市場を規定してきた「OPEC加盟国vs非加盟国」という構図が「ビッグスリー」すなわち米国、ロシア、サウジアラビアというパラダイムに変化したという著者の指摘は印象深い。
なぜ、プーチンはウクライナと対立するのか
そしてそのロシアについても著者は紙幅を割いて説明する。旧ソ連の崩壊後、石油と天然ガスは、ロシアと国内経済の復活に欠かせない役割を果たしてきた。軍事力以外で国力を誇示する方法を与えた。しかしロシアはそれに頼りすぎであり、さまざまな弊害をもたらしている。
特に欧州への天然ガス供給は地政学的な対立を引き起こす大きな要因である。天然ガスを欧州に運ぶにはウクライナを通過しなければならず、ウクライナとの対立関係が今に続く重要な課題になっていると指摘する。
こうした認識の中で著者はロシアとウクライナは1991年末のソ連崩壊後から対立が始まり、現在に至っていることを示唆する。
エネルギーの安全保障をめぐるロシアと欧州の認識の違いについての著者の指摘も興味深い。ロシアはウクライナを通過せず、バルト海の海底を通ってロシアとドイツを直接つなぐ全長約1200キロメートルのパイプライン「ノルド・ストリーム」の完成で、ロシア版エネルギー安全保障の解決策になったと見る。
一方で、欧州にとってのエネルギー安全保障は、ロシアのとらえ方とは異なり、供給の柔軟性と多様性を高めることを意味する。つまり欧州全体で天然ガスの単一市場の形成を目指し、脱炭素と高効率化、再生可能エネルギーへの速やかな移行を目指す考え方である。
そうした中、ロシアは中国に接近し、出資なども伴うエネルギー開発計画をまとめ、戦略的パートナーシップとして東方へとシフトしてゆく。さらに中露が協力して中央アジアに進出していく点にも、両国の利害が一致している様子が見てとれる。
地域、産業、社会問題からの視点も提供
中国、中東についても著者の観察は鋭い。中国が国家をあげて推進している「一帯一路構想」 では、天然ガスが豊富なトルクメニスタンや石油資源のあるカザフスタンは中国との経済的関係を強めている。
中東では、これまで石油収入に依存してきたサウジアラビアが、シェール革命などで原油市場が不安定化する中で、原油や石油製品の輸出に頼り切る経済から脱しようとする動きを始めていることが示される。長年の課題であった若年層に雇用機会を提供することや、経済を多様化して、競争力が高く革新的なものにすることを目指しているという。同時に女性の自動車運転の解禁など、社会改革も進めようとしていることも紹介されている。