2022年9月30日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年6月13日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 それにしても最近の岸田文雄政権の外交姿勢、ことに東南アジア諸国連合(ASEAN)に対する外交姿勢に現われている唐突感は尋常ではない。岸田外交はこれまでの「日米同盟頼りの外交」からの転換を目指しているとの指摘も伝えられるが、なにゆえに突然、全力疾走気味に動き出したのか。しかも困ったことに、向かって行く先が判然としない。

岸田首相のASEANへの外交戦略が見えてこない(2021年10月27日、Brunei ASEAN Summit/AP/アフロ)

 大統領としての初訪日に際し、ジョー・バイデン米大統領は入国(5月22日)も出国(24日)も成田でも羽田でもなく、ドナルド・トランプ前大統領と同じように〝日本の中の米国〟である米軍横田基地だった。訪日直前の5月21日には、給水などのため米原子力空母のエイブラハム・リンカーンが横須賀に寄港している。習近平政権に対し断固たる対決姿勢を示そうとしたに違いない。古典的な外交手段である砲艦外交である。

 だが、日本滞在中のバイデン大統領に対する岸田首相のイエスマン振り、その後の言動を追ってみるに、原子力空母の照準は北京の中南海ではなく、じつは岸田官邸に向けられていたのではないか。こう勘ぐりたくなってしまうほどである。

具体策なきASEANとの関係構築は信頼を失う

 5月23日、日米首脳会談に臨んだ岸田首相はバイデン米大統領が提唱するインド太平洋経済枠組み(IPEF)に支持を表明した。同日には、この枠組みの立ち上げに関する首脳級会合が岸田首相、バイデン大統領、ナレンドラ・モディ首相(インド)が対面で、他のインドネシア、マレーシア、タイなど10カ国の首脳・閣僚級の代表がオンラインで参加する形で開催され、バイデン米大統領によるIPEF立ち上げ宣言に次いで、参加13カ国による共同声明が発表された。

 IPEFは2021年10月の東アジアサミットでバイデン米大統領が提案した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に代わる経済組織として浮上したとされるが、「自由で開かれたインド太平洋」を掲げる日米豪印の4カ国による「クワッド」の経済面における補強・拡大版であり、経済面での安全保障であり、中国の経済的影響力拡大阻止に主眼が置かれていることは敢えて説明するまでもないはずだ。

 岸田首相はIPEFを「この地域への米国の強いコミットメントを明確に示すもの」と捉え、IPEFに参加することで日本は「米国と緊密に連携し、ASEAN諸国をはじめとする地域のパートナーと手を携え新たな枠組み作りに協力していく」と、大見得を切った。まさにバイデン大統領にとっては満額回答に近い対応ぶりだろう。岸田官邸に向けた砲艦外交の成果か。

 だが、ここで問題なのは岸田首相がどのような形でASEAN諸国との関係構築を構想しているのか、である。岸田首相は6月10日にシンガポールを訪問して「アジア安全保障会議」(シャングリラ・ダイアローグ)で基調講演を行い、「海上保安能力向上のために関係する20カ国で技術協力を進める方針」を打ち出すと共に、「『自由で開かれたインド太平洋』を推進する計画案を来春までに策定する」と表明している。

 具体策なき提案では単なる打ち上げ花火に過ぎない。なぜ、敢えて準備不足を晒してまで多国間安全保障に関する国際公約を急いでブチ上げる必要があるのか。しかも現在の国際環境が「来春まで」継続するという保障がないにもかかわらず、である。

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