模擬診療2(要約部)
次に、私がG.M.さん(患者2)を演じて、M.K.医師(男性、専攻医2年目)が模擬診療をしたロールプレイがどのように行われたか、途中で医師が得られた情報を要約する部分を見てみよう。
「ではG.M.さん、今までお聴きしたことを確認させてもらいますね。2カ月ぐらい前から、徐々に耳鳴りがするようになった。お寺の鐘の残響のような、『ゴーン』の『ゴ』をとった残りの音が持続しているような耳鳴りがずっとしている。お経をあげる時や静かな所、そして夜間に特によく聞こえるんですね。
耳鳴りはドクドクと拍動する感じではなく、両方の耳から聞こえていて、聴力の低下は無いだろうということですね。特にきっかけはないけれど、この2〜3カ月は、コロナ禍で3年ぶりにお盆とお彼岸のお勤めの依頼が多くてとても忙しかった。
お薬は、ここで処方している血圧を下げるアムロジピンだけで、予防注射は3カ月前に新型コロナの3回目をした。耳や頭の疾患ではないかと心配していて、そうした疾患がないか検査をしてほしい。そういうことですね」
「はい、その通りです」
「その耳鳴りが続いて、G.M.さんの生活にどんな影響がありましたか」
「『完全な静寂の喪失』です」(G.M.さんは囁くようにこう答えた)
「?……では身体の方の診察をさせてもらいますね」
模擬診療2のフィードバックメモ(要約部)
<うまくいったこと>
医師がG.M.さんから聴いたことを要約して、G.M.さんが医師へ伝えたかったことと齟齬がないか確認したことはうまい。
その中には耳鳴りの原因を特定する上で重要な情報(薬剤と予防接種も含む)が十分に含まれており、これ以前の部分での聴き取りがうまくいっていたことが理解できる。
耳鳴りは、10〜15%の人が経験すると言われている良くある健康問題で、60歳代に最も多い。家庭医を受診する耳鳴りを訴える人の多くが経過良好で自然に軽快することがほとんどであるが、中には耳鳴りを専門とする医師の診療を必要とする重篤な状態が紛れている。それを的確に見つけ出して紹介することが家庭医の診療能力となる。高額で患者の負担にもなる画像診断(MRI、CTなど)をこの時点でする必要がないことも判断できる。
要約の中に、患者が心配していること(そこから患者が耳鳴りの原因をどのように解釈しているかも窺い知れる)、そして医療側にしてほしいことも聴けているのはうまい。
要約の確認の後で、耳鳴りが続くことでの日常生活への影響についても尋ねたことはうまい。
<絶好調の日の自分だったらできたこと>
要約を3つぐらいに分けて伝えて、それぞれで間違いないかを確認したかった。今回の要約は、一度に聞いて確認するにはちょっと長すぎると思う。プリントしたものでもなければ、すべてを細部まで注意しながら聞くのは難しいだろう。小さな塊に分けて説明と確認を繰り返す方法(“Chunk ’n’ check”と呼ぶ)を使いたかった。
G.M.さんが囁くように言った「完全な静寂の喪失」についてもっと話し合いたかった。それがどういう意味なのか、どういう経験なのかを知った上で、G.M.さんと耳鳴りのケアの作戦を立てたかった。
私たち家庭医がケアする場合、患者の症状が日常生活や仕事にどんな支障を及ぼしているかの影響を確認することはいわばルーチンであるが、しばしばそこで、患者が自分の人生への影響を語ることもあることを想定しておきたい。G.M.さんは禅寺の僧侶なので、彼の人生にとってこの耳鳴りがあることのユニークな意味があるかもしれない。
確かに耳鳴りはよくある症状であるが、それを経験する人にとっての意味は、極めて個別性が高い。それを傾聴していきたい。