模擬診療1(導入部)
それでは、私の同僚の指導医がS.Y.さん(患者1)を演じて、K.N.医師(女性、専攻医1年目)が模擬診療をしたロールプレイがどのように行われたか、最初の部分を見てみよう。
「S.Y.さん、お入り下さい。今日担当する家庭医のK.N.ですよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「今日はどうされたんですか」
「何て言ったらいいか……えーっと、その……何か頭がぼーっとするんです」
「頭がぼーっとするんですね。いつからどんな風にそうなったのですか。少し詳しく話を聴かせてもらっていいですか」
「えーっと、たぶん1週間ぐらい前からです。何か頭がぼーっとして、脳に霧がかかったような感じで。勉強しようとしても頭の回転が鈍くなっているように感じるんです。疲れが取れなくて、眠いのにベッドに入っても眠れないんです」
「大変な様子ですね。どんなことが心配ですか」
「どうしたら良いのか。困っています。就活も進まないし……(下を向く)」
「診断を進めていくために、もう少しS.Y.さんの生活の様子についていくつか質問をして、その後で身体の診察もさせて下さい。まず、1週間ぐらい前、またはそれ以前に、何か生活で変わったことはなかったですか」
模擬診療1のフィードバックメモ(導入部)
<うまくいったこと>
K.N.医師は、S.Y.さんが受診理由と思われる症状を口にした後で、「頭がぼーっとするんですね」と確認した。この時点で確認すること、そしてその際に患者が使った言葉をそのまま繰り返していることはうまい。
もしこの診療の早い段階で、患者の訴えを例えば「倦怠感」「軽度の意識低下」などと医師の言葉で「翻訳」してしまうと、それが一人歩きしてしまい、実際に患者に起こったこととはまったく別のことについて診断を進める危険がある。
「少し詳しく話を聴かせてもらっていいですか」と言って、S.Y.さん自身の言葉で何が起こったのかを語ってもらったことはうまい。彼女が診療に積極的に関われるように促すことになった。
その後のS.Y.さん語りを受けて、「大変な様子ですね」とS.Y.さんに起こったことを気の毒に思って共感を示したことはうまい。
このパート最後に、この先の診断の進め方について説明したこと、そして「何か生活で変わったことはなかったですか」と尋ねてS.Y.さんに起こったことをコンテクスト(患者を取り巻くさまざまな要素)の中から捉えようとしたことはうまい。
2022年2月の『禁煙を難しくしているさまざまな要因とは?』で書いたように、「健康上の問題の多くは、それらについてのコンテクストの中で見ないかぎり完全に理解することはできない」のである。
<絶好調の日の自分だったらできたこと>
後半の「どんなことが心配ですか」という問いかけがS.Y.さんにどう伝わったかをフォローして、彼女の出したキュー(合図)に反応したかった。
この問いかけは、「そうした症状があることで、何か特定の疾患に自分が罹ってしまったと解釈していないか。もしそうであれば、その疾患名を教えてほしい」という意味の質問のようにも受け取れる言い方だった。ただ、S.Y.さんは、「そのような症状を抱えている今の感情はどのようなものか。そしてその症状が日常生活にどんな影響を与えているか」について尋ねられたものとして答えていた(ここでこの部分の動画を再生することもできる)。
この両者の中にある意味のギャップに感づいていれば、S.Y.さんが「どうしたら良いのか。困っています。就活も進まないし……」と言って下を向いた時に、その彼女が途方に暮れている様子に対してより適切に配慮したケアができただろう。