2024年5月6日(月)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2022年12月20日

 しかし、そうなると内閣が軍部大臣を介して軍事に介入する恐れがある。それを防止する制度として軍部大臣は現役の大・中将でなくてはならないとした。現役軍人は政治活動が禁止されており、加えて現に軍組織の一員であるから、内閣からの独立性が担保されると認識されていたのである。さらに軍部大臣の独立性を補完する制度として、軍事問題に関して軍部大臣が首相を介さずに天皇に直接上奏できる「帷幄(いあく)上奏権」も付与されていた。これらの関係性を大雑把に図式化すると下図のようになる。

(出所)筆者作成

 先の第二次西園寺内閣の瓦解は、上原勇作陸相が帷幄上奏権を用いて辞表を天皇に直接奉呈し、同時に後任陸相の推薦に難色を示すことで内閣を総辞職に追い込んだものである。つまり論理的には、もし軍部大臣現役武官制がなければ、西園寺は陸軍の推薦を求めるまでもなく、文官や予備・後備役の軍人(政党に加入可能)を陸軍大臣に指名することが可能だったわけである(現実に実行可能だったかはまた別問題であるが)。

 したがって世論や政党勢力は、軍部大臣現役武官制を軍部横暴の元凶と見なし、その撤廃・改正を強く要求したのである。政友会の強い要求を受け、山本権兵衛首相は、取り敢えず規定から「現役」の文字を削り、単なる「軍部大臣武官制」とすることを目指した。

 陸軍部内は改正反対で一致していた。陸軍の反対理由は複合的で、第一に、軍部が神聖視する統帥権独立を棄損しかねないと考えたこと、第二に、予備・後備役の老将軍では最新の軍事知識に欠けると考えたことがあった。もちろん、それが軍部の既得権益の損失を意味することも重要な反対動機であった。

政党と大衆世論に敗退を重ねる軍

 こうした陸軍の強硬姿勢を受け、陸軍大臣・木越安綱は対応に苦慮することになる。現役軍人である陸軍大臣は陸軍の組織利益を代表しているが、同時に国務大臣として内閣の方針にも協力しなくてはならない。まして第二次西園寺内閣の瓦解以来、世間には反陸軍の機運が溢れかえっている。もし陸軍が改正を拒めば、陸軍は国民の怨嗟の的となり、師団増設の宿願も吹き飛ぶだろう。

 木越は逡巡に逡巡を重ね、ついに改正に同意した。こうして軍部大臣現役武官制は単なる軍部大臣武官制となり、予備・後備役の大・中将にも就任の道が開けたのである。結果的に陸軍を裏切ることになった木越は、詰め腹を切らされる形で現役を退くことになる。

 こうして日露戦争勝利の功労者であった軍部は、戦後は一転して政党と大衆世論の攻勢の前に敗退を重ね、その政治的威信は着実に減退を続けた。やがて日露戦争に続く第二の戦争の衝撃が軍部を襲うことになる。第一次世界大戦である。陸軍は再び大きな変革を強いられることになる。他方、ようやく達成された政党勢力宿願の軍部大臣現役武官制改正だが、この後、同制度が辿った運命もまたいささか奇妙なものになるのである。

参考文献

北岡伸一『日本陸軍と大陸政策』(東京大学出版会)
髙杉洋平『昭和陸軍と政治』(吉川弘文館)
筒井清忠『戦前日本のポピュリズム』(中央公論新社)
林茂他編『日本内閣史録』2巻(第一法規出版)
坂野潤治『明治国家の終焉』(筑摩書房)
広田照幸『陸軍将校の教育社会史』(世織書房)
山本四郎『大正政変の基礎的研究』(御茶の水書房)

『Wedge』では、第一次世界大戦と第二次世界大戦の狭間である「戦間期」を振り返る企画「歴史は繰り返す」を連載しております。『Wedge』2022年10月号の同連載では、本稿筆者の髙杉洋平による寄稿『戦前から続く日本人の「軍隊嫌い」 深い溝の根源は何か』を掲載しております。
 
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