ライブを味わいながらのランチ
100BANホールではジャズ演奏家などアーティストを招いたイベントも行われている。新型コロナウイルス感染症の蔓延が穏やかになった現在、イベントの開催も復活してきた。新進気鋭のアーティストにライブを開く場を提供することで、神戸の音楽文化を支えることにつながっている。
お昼の時間帯を利用したチャリティーライブも継続的に実施している。アーティストを招いた50分ほどのミニライブで、100円の「盲導犬育成チャリティー募金」をすれば参加できる。しかもお弁当の持ち込みは自由で、ライブを味わいながらお昼を済ますことができる。
100BANホールだけではない。今ではビルの24室が、大小さまざまな貸しスタジオに姿を変えた。楽器の練習や音楽教室、バレエやダンスの練習、そして発表会など、さまざまな使い方ができる部屋を用意した。グランドピアノが置かれている部屋、壁に鏡が張られた部屋、音楽サロンとして使える部屋などバリエーションは豊富だ。これだけの数の貸しスタジオを備えたビルは全国的にも珍しい。インターネットから予約もでき、市民のさまざまなイベントにも活用されるようになった。まさに「憩いの場」として地域のコアに育ってきている。
築73年になるビルの「レトロ」さも売りになっている。1階のビルの入り口の横には「BAR Request」という店が入る。カウンターに座っても天井が高く、日本離れした雰囲気を持つバーだ。
もともと山の手の繁華街にあった店で、李さんのお気に入りだったが、店舗の移転を求められていた。それをマスターの南谷洋志さんから聞いた李さんがビルの1階に誘致したのだ。長い間「旧居留地」はオフィス街で、夜になると人影はまばらだったが、最近では買い物客や観光客がそぞろ歩く街に変わってきた。
バーが、街に人を引き寄せると、李さんは考えたのだ。そんな李さんの思いに応えて、南谷さんは「夕方早めに開店して深夜まで営業しています」と言う。
時代を感じさせるビルの雰囲気は、映画やドラマの格好の撮影場所としても使われている。4階には、北野武監督・ビートたけし出演の映画『アウトレイジ』で撮影に使われた部屋が残る。ビートたけし扮する「大友組」組長の組事務所という設定だった。その撮影場所を再現、銃弾痕なども残っており、入場無料で公開している。
神戸は幕末に横浜や長崎などと並んで港が外国に開かれたことから国際貿易都市として発展した。「居留地」はその繁栄を担ってきた場所である。大正、昭和と貿易立国「日本」の玄関口でもあった。
多くの海運会社や貿易商社、銀行、ホテルなどの洋風建築が整然と建てられていった。太平洋戦争末期の神戸大空襲で灰燼に帰したが、戦後の高度経済成長期で復活。石造りの立派なビルが建てられた。今もその頃のビルがいくつも残る。
この地域のビル所有企業などが集まった旧居留地連絡協議会という組織がある。旧居留地の景観を守るなど、街の価値を高めることを狙った親睦組織だ。李さんはその広報副委員長も務める。
終戦後、「外国」になった台湾の出身である李さん一族が日本で事業を成功させる苦労は大きかったに違いない。だが、そんな李さんが「恩返し」と言うように神戸という街には多様なものを受け入れる包容力があるのだろう。それが神戸の魅力を醸し出している。
写真=湯澤 毅 Takeshi Yuzawa