カナダでは、政府が19年ごろから偽情報対策のための市民のリテラシー教育や非営利団体の偽情報研究に補助金を投じているが、一般に、政府の補助金はコンテンツの中立性や普遍性が担保されにくくなると考えられている。また、カナダ政府自身も一部のファクトチェックを行なっているが、一般に政府が行うファクトチェクは「政府にとって望ましい情報環境」を整備することが目的となりやすく、プロパガンダとなりがちと解釈され、注意が必要である。事実、カナダ政府のファクトチェックを見ると、ロシアが発信するウクライナ関連情報が大半であり、それらを「虚偽だ」とフラグを付けるものの、そう主張する根拠や証拠が提示されないまま、結局自らの「主張」が羅列されるにとどまる場合も多い。
つまり、現在世界で行われている偽情報対策は、対策する側の都合の良い方向に流れやすくなっているといえる。
日本はどこに向かうべきか、海外の教訓活かせ
日本が偽情報対策で世界の潮流から遅れをとっているとはいえ、海外の偽情報対策が成功している、あるいは、健全かつ民主的な方法で対策が実施されているケースは極めて少ない。たとえ政府の対策が善意のある対策であったとしても、それがむしろ情報環境を縮小、制御させることに繋がるなど、逆効果になる危険性を十分に孕んでいる。
対策において真に重要なのは、情報を押さえ込むのではなく、できるだけ情報を増やすことであり、教育のできるだけ早い段階から情報を批判的に読む、つまりクリティカルシンキングを導入することが、偽情報に対する脆弱性を解消し抑止力を高めるために最も有効な対策であろう。ファクトチェックも重要な取り組みだが、ファクトチェックの対象となる情報がファクトチェック団体のステークホルダーなどに依存する、つまり、コンテンツに中立的にならないといったリスクがあるので、それだけでは万能な対策ではない。また、信頼できるジャーナリズムを強化することも、偽情報や誤報に対処する重要な取り組みだ。
認知領域に対する攻撃に、いかにして民主主義を堅持しつつ、人々の生命を守るのか。日本には、そのための情報発信、民主的な情報環境の維持・構築といった、包括的かつ健全な戦略を構築していく努力が望まれる。まずは、偽情報戦争の脅威とその実態、そしてこの戦争の戦い方を知り、この戦争を戦うための第一歩として、本書を手に取っていただければ幸いである。
ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。
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最悪の事態を招かぬこと、そして「万が一」に備えておくことが重要だ。政治は何を覚悟し、決断せねばならないのか、われわれ国民や日本企業が持たなければならない視点とは何か——。まずは驚くほどに無防備な日本の現実から目を背けることなく、眼前に迫る「台湾有事」への備えを、今すぐに始めなければならない。
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