2024年5月2日(木)

天才たちの雑談

2023年1月25日

新藏 東大はその点、論文審査が厳しくて良いですが、大学によっては緩いところも見受けられます。

合田 大学の出口は厳しく、入り口は緩くあるべきです。入試改革より卒業改革の方がよほど重要です。

加藤 本来なら博士に値しないレベルの人までが博士号を取ってしまっているのは、それはそれで問題ですね。それで博士が増えたといっても意味がない。博士を活用すべき中でその博士のレベルまで低かったら、企業も博士を欲しがらなくなって、悪循環に陥ってしまいます。

江﨑 実は政府もそのあたりは認識していて、まず出口の制度設計をしてから博士を増やす政策を打つべきだった、という議論も科学技術振興機構(JST)などの政府の会議では出てはいます。問題はこれからどうするかですね。

日本でベンチャーが育たないのは
何が原因か?

加藤 ベンチャーこそ、最も論理的思考力が求められる場ですよね。ベンチャーの経営者と大学教員は、やっていること自体は同じです。まず目指す世界観を示して、社会の現在地や先行研究を把握して、その上で自分のアイデアをプレゼンする。

 最大の違いは、大学教員は国から給料が出るので比較的自由に研究ができるのですが、ベンチャー経営における金銭面はかなりシビアです。出資を募るには出資元を論破しないといけませんし、出資を得られてもそのお金を使っていかに開発を進めるのか、戦略を練らないといけない。

 日本でベンチャーが少ないことと、博士人材が少ないことは、直結していると思います。博士レベルの論理的思考力がないと、ベンチャーを支える人材にはなれない。さらにベンチャーに出資する側も、ベンチャーを目利きするにはベンチャー経営者と同じレベルの論理的思考力が求められる。目利きできないと、自分たちで稼いだお金を投資しようとは思いませんからね。

合田 前半の議論にも出てきた「短期主義」のせいで、投資する側も短期間で利益を回収しようとしてしまうことも、ベンチャーが育ちにくい要因です。

加藤 ディープテックのベンチャーに投資するならば、10年は待たないと実を結びませんよね。

江﨑 なまじ日本の国内市場が大きいせいで、海外市場まで見据えようとするベンチャーも少ないですよね。日本は非関税障壁もつくりやすいのでビジネスはやりやすいのですが、世界と勝負できるレベルにはならない。ただ地方発のベンチャーは元の市場が小さいので、初めから世界を見据えているところも増えてきています。

合田 ベンチャーを育てようというとき、官主導では絶対にうまくいきません。官はフェアな競争環境の整備に専念し、後は企業に任せるべきです。官が絡んで税金が投入されると、ミスが許されなくなって、速度が落ちる。技術革新が凄まじい速度で進む現代に、それでは世界に追いつけません。シリコンバレーが首都ワシントンから最も離れた場所で生まれたことは偶然ではありません。

新藏 国がベンチャーに投資しようとしても、失敗が許されないために前例主義で同じようなものしか選ばれません。それにベンチャー側も、国だけを頼ってはいけない。ベンチャーが成功し、世界に打って出るのに必要なのは、まず目先の利益に囚われないことだと思います。

 少子高齢化、人口減少など厳しい条件の中で、限りあるパイを企業同士で奪い合い、「自分の企業だけ儲かればいい」という視点だけで経営していてはいけません。企業活動を通じて「国をいかに富ませるか」という視点が産官学全てに重要です。それらを通じて、若い人たちが奮起できる環境を私たちの世代がつくらなければなりません。そのためにも正しい〝国家観〟を持つことが重要です。ここが諸外国に比べて日本は弱いですね。

江﨑 最近、大企業に就職するのではなく、ベンチャーを志す東大の博士が増えてきています。海外に行く博士も多いですね。これは良い傾向だと思います。大企業にいては経験できない多様な環境に触れて、新しい風を呼び込んで、日本を少しずつ変えていってくれると嬉しいです。

 
『Wedge』2023年2月号では、『日本社会にあえて問う 「とんがってる」って悪いこと?日本流でイノベーションを創出しよう』を特集しております。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。 
「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。
 平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を〝尖った人〟と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。
 〝尖る〟という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという〝トクイ〟に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。
 
 
 

   
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Wedge 2023年2月号より
日本社会にあえて問う 「とんがってる」って悪いこと?
日本社会にあえて問う 「とんがってる」って悪いこと?

イノベーション─。全36頁に及ぶ2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の本文中で、22回も用いられたのがこの言葉だ。

「新しくする」という意味のラテン語「innovare」が語源であり、提唱者である経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが「馬車を何台つないでも汽車にはならない」という名言を残したことからも、新しいものを生み出すことや、既存のものをより良いものにすることだといえる。

「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。

 平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を“尖った人”と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。

“尖る”という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという“トクイ”に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。

 編集部は今回、得意なことや特異、あるいはユニークな発想を突き詰め努力を重ねた人たちを取材した。また、イノベーションの創出に向けて新たな挑戦を始めた「企業」の取り組みや技術を熟知する「経営者」の立場から見た日本企業と人材育成の課題、打開策にも焦点を当てた。さらに、歴史から日本企業が学ぶべきことや組織の中からいかにして活躍できる人材を発掘するか、日本の教育や産官学連携に必要なことなどについて、揺るぎない信念を持つ「研究者」たちに大いに語ってもらった。

 多くの日本人や日本企業が望む「安定」と「成功」。だが、これらは挑戦し、「不安定」や「失敗」を繰り返すからこそ得られる果実である。次頁から“日本流”でイノベーションを生み出すためのヒントを提示していきたい。


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