2024年5月4日(土)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2023年4月9日

求められる付加価値の創造を生む教育

 4点目は、教育への影響だ。発達のある年齢まではネットでのサーチも、AIのサポートも禁止して、「オーガニックな」言語能力や知的能力を養うべきという議論がある。こちらについては、低年齢からテクノロジーを使用させたグループと、一定年齢までは禁止したグループの比較研究など、ファクトに基づいた判断が望まれるし、そのファクトに基づいて決定すればいいだろう。

 ちなみに、AIに作文を頼むのは「不正」だから、今まで以上に「試験監督のように監視された空間で、何も見ずに手書きで」作文を書かせるなどというような「逆行」をさせて生産性をどんどん劣化させていくのは全く感心しない。

 問題は、AI時代における教育観というものをしっかり構築していくことだ。小中学生の「読書感想文」教育は、AIによる「不正」を招きやすいのは確かだが、それは、「内容を批判せず、穏健な個人的体験などを参照しながら、テキストを称賛する。また年齢相応の表現からの逸脱はさせない」という「読書感想文教育」が、簡単にAIに取って変わられるような「低付加価値」であることが問題なのだ。

 どういうことかというと、「典型的な模範答案」があり、それを期待するという教育を続けていては、人間はAIに負けてしまうのである。ならば、AI時代に相応しい教育とは、個々人の個性的な創造力を育成すると同時に、答えのない「オープンな問い」に若い時期から取り組ませるという「根本的な改革」が求められる。

 日本は、1980年代には一億総中流を誇っていたが、裏返すと一億総実務、一億総事務員、という人材育成が主となっていた。そのために、ビジネスの枠組みの変革、より高度な付加価値の追求ができずに、先進国の経済から滑り落ちそうになっている。

 AIの実用化は、更にそうした「反復可能な中付加価値の創造」しかできない日本人を、世界の労働力市場から脱落させかねない。AIが日本の教育に突きつけている問題は、実は根深く深刻なのだ。

適切なルール作りを

 5点目は、セキュリティと法的な対策だ。AIのベースとなっているのは、巨大な言語データベースだ。この点に関しては、インターネットを巡回して得られるデータには、それぞれに著作権があるので現在のAIによるデータ収集には問題があるという議論がある。

 だが、これは些末な問題であり、やがて何らかの基準による妥協点を見出すことになろう。問題は、AIというのが、どこまでいっても「統計的事実」を吐き出すだけであって、理論上エラーをゼロに出来ないということだ。人間の場合は、エラーの原因を追及して過失の有無など責任の評価をするための社会的合意がある。

 AIが返してきた結果に誤りがあって、そのために損害が出た場合の責任については、これから法律など制度上の枠組みを作り、その上で保険業界が基準を作って行かねばならない。そうした議論、つまりゲームのルール作りには、日本はしっかり参加して自国が不利にならないようにすべきだ。

 更に問題なのは、AIの判断基準となるデータの改竄や、判断を歪めるようなアルゴリズムの歪曲である。AIが進めば進むほど、そして人間がAIに依存すればするほど、こうした悪意による社会的被害は大きくなる。

 AIが実用化され、社会がAIに依存するようになれば、データベースに不正にアクセスして、データの改竄を行えば、多くの社会活動が妨害されてしまう。これを防止し、取り締まり、万が一の場合には厳罰に処するような捜査と法律の枠組みも必要となろう。

 いずれにしても、猛烈なスピードで走り出したAIの実用化の流れに、日本社会は取り残されてはならないと考える。

   
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