日本では、生産性が上がると物価が上がる、あるいは、生産性が上がらないから物価が上がらないという意見があるが(例えば、みずほ総合研究所『経済が分かる論点50 2017』53頁、東洋経済新報社、2017年)、筆者には納得できない意見である。なぜなら、現在の状況を考えてみれば分かるように、物価が上がるのは需要が増えるか供給が抑えられるからである。
ホテルの価格が上がるのはインバウンドで需要が増えているからであるし、食料やエネルギー価格が上がるのはウクライナ戦争でこれらのものの供給が抑えられているからである。主要な財サービスの需要が増大し、供給が制約されれば、物価は全般に上昇するだろう。
ここで生産性が上がるとどうなるだろうか。生産性とは、投入物当たりの産出のことだ。例えば、トラックが同じガソリンで2倍走れるようになれば、エネルギーコストが2倍になっても輸送費のうちのエネルギーコストは上がらない。エネルギー価格が上がっても輸送費は上げなくて済む。
つまり、生産性が上がれば物価は上がらない。エネルギー価格が同じでエネルギー生産性が上がれば、物価は下がるはずだ。
これはエネルギー生産性の例だが、通常は、労働投入当たりの産出、労働生産性を考えることが多い。労働はあらゆるものの生産に投入されるものだからだ。
労働生産性が上がれば、賃金が上がっても価格を上げなくてすむ。生産性が上がって賃金が上がらなければ価格は下がるはずだ。
生産性が低いとデフレになるのか
ところが、プリンストン大学の清滝信宏教授は、2023年5月15日の経済財政諮問会議に提出した資料で「過去30年間、日本の労働生産性の上昇は他国に比べて低かった → 実質賃金と非貿易財価格の上昇が他国より低くなる(バラッサ・サムエルソン効果)→デフレになりやすい傾向があった。他国と同程度の労働生産性の上昇を維持することで、デフレになりにくくなる」としている。バラッサ・サミュエルソン効果を通じて、生産性が低いとデフレになるというのである。
バラッサ・サミェルソン効果とは、自由に貿易できる財部門の生産性が高い国(通常は豊かな国)は自由に貿易できないサービス部門の価格水準が高くなり、為替レートで比べると、生産性の低い国(通常は貧しい国)より経済全体の物価水準が高くなることである。
なぜそうなるのか。財部門の生産性が高まっても、サービス部門の生産性を高めることは難しい。例えば、理容室の生産性を引き上げることは難しい。一方で、財部門の生産性が上がれば賃金が上がる。その賃金は、サービス部門にも波及する。