ごく簡単に例を示すと、プライマリ・ケアのコホート研究では、SGLT2阻害薬で治療を受けた2型糖尿病患者20万人以上と、DPP-4阻害薬を処方された同数を5年間にわたって比較し、SGLT2阻害薬使用群の方が、心筋梗塞、虚血性脳卒中、心血管死のリスクの25%減少と関連していた。
また、40万人を超える2型糖尿病患者を対象とした別のネットワーク・メタ分析では、SGLT2阻害薬が全死因死亡、特に心血管死亡、心筋梗塞、腎不全のリスクを低下させることが判明した。
かつて世界で最も売れたチアゾリジン薬のロシグリタゾン(日本では未承認)で、後に心不全による入院のリスクが高まることが判明した経験があるので、新しい糖尿病治療薬は、心臓血管への安全性を実証するために広範な試験を受けている。だが、SGLT2阻害薬では、実際に、心不全患者で心不全による入院リスクと全死因死亡率を25〜35%低下させることが示された。慢性腎臓病患者でも同様に、SGLT2阻害薬で治療された群で、末期腎疾患の発症、血清クレアチニン値、腎疾患や心血管疾患による死亡が大幅に減少した。
2023年4月の『知っているようで知らない喘息の症状と治療アプローチ』で書いたように、診療ガイドライン自体への信頼性はどうかという問題もある。実際、米国糖尿病学会と欧州糖尿病学会のコンセンサス・レポートの作業部会委員のほとんどが糖尿病の専門家で製薬会社と利益相反があり、家庭医や患者が加わっていないという指摘もある。一方、英国NICEの診療ガイドライン作成チームには、糖尿病専門家以外に家庭医、看護師、薬剤師、市民、臨床心理士なども加えている。
今後の診療へ向けて
「糖尿病の合併症って足の切断だけじゃないんですね」
「はい。命に関わるという点から言えば、心筋梗塞や脳卒中は是非とも予防したいです。腎臓も、透析が必要になったら大変です」
「そのために禁煙と減量も必要だと、そういうことなんですね」
「はい。すべては旨い酒造りのために」
「えっ?先生の話って時々飛躍しますねー(笑)でも、病気を予防しないと良い仕事が出来ない、そういうことですね」
心血管リスクの評価には、標準的な計算ツールがいくつかあるが、使いやすさから、私はQRISK®︎3を好む。それによれば、Y.C.さんが今後10年で心血管疾患を起こす確率は20%を超えている。心不全や慢性腎臓病の兆候はまだ認められないものの、それらに注意していくことの重要性を本人に理解してもらいつつ、今後の診療でSGLT2阻害薬の使用についても相談していくことになるだろう。