保護者が練習を見学するのは自由だが、グラウンド内の手伝いは不要としている。練習や試合で遠征するときも配車は行わず、現地集合で現地解散。グラウンドの確保などもすべて行う中桐さんはこう話す。
「会社の同僚に、息子さんが中学のシニアで野球をやっているというお父さんがいたのですが、金曜日の夕方になると、携帯で何やら連絡をしているんです。聞けば、『子どものチームの週末に行く遠征の配車をしている』と。驚く私に『これ、普通だよ。他にも(野球で負担する)仕事はたくさんある』。子どもが野球をやるって、こんなに大変なんだと思いましたが、これって、保護者がやらないと回らないのかという疑問もありました」
同クラブはすべての面に効率化をはかって、保護者に業務負担を求めない一方で、コーチへの報酬や練習場の確保などにかかる費用負担、試合の際の審判員の委託費等として、選手一人につき月謝は7300円と従来の少年野球チームの2倍ほどを受け取る。保護者が労力を提供するか、その対価として費用を負担するか。
「収支をみれば、この金額でビジネスにはなりません。保護者が犠牲にする労力と時間の対価を月謝で埋めて、技術を持った指導者に委ねてもらう。これがうちのスタイルです」
父が練習サポートに行け、母がチームの係を受け持つことができる家庭であれば、従来の少年野球チームが受け皿になる。しかし、それが物理的に不可能な家庭が野球を続けることはできなかった。そこに多少の月謝負担があっても、労力を負担しなくて済むのならと望む家庭がたくさんあることが「入会待ち」のチーム事情から容易に想像ができる。
もちろん、すべてが「理想郷」というわけではない。同クラブは、チームの目標に「勝利」は掲げていない。
「入会を希望される保護者やお子さんには、うちのチームは長く野球を続けてもらうことを目的としているので、短期的な成果は何ら標榜していません。小学校のときから野球をがっつりやりたい、おなか一杯になるまでやりたい、大会で優勝したい等の意向があるなら、他のチームに行ったほうがいいですとはっきり言います」
「4分の1」ルールで勝ち上がれるほど、少年野球チームのレベルは甘くないことも熟知している。それでも、野球に触れる選択肢を捨てずにすむのが、このチームの存在意義である。
子どもが野球を嫌いにならないために
チーム設立の裏には、かつて野球少年だった中桐さんの苦い思い出があった。
三重県で生まれ、小学4年生の頃には、野球のことしか頭にないくらいに大好きだった。大がつくほどの巨人ファンで「当時の巨人の選手は、全員のフルネームと背番号を言えました」。
田舎には少年野球チームがなく、中学の部活で胸をときめかせて野球部に入った。初めて本格的に白球を追う日々。しかし、待っていたのは、学校の教員でもあった顧問の理不尽な指導だった。
「ミスをしたら怒声が飛んでくる、殴られることや、人格を否定するようなことも言われ、絵に描いた旧態依然とした指導でした」。一生懸命やった結果によるミスにも容赦なく怒声を浴びせられ、楽しいはずだった野球はただ辛いものになってしまった。「今でも、顧問の顔を思い出すのも嫌なくらい、一生のトラウマです」。
中学2年生の3月、ついに心が折れた。身体も悲鳴を上げ、野球部を離れた。大好きだった野球から目を背け、「野球には全くいい思い出がないまま、学生生活を終えた」と振り返る。