昭和期の商業評論家で、長く続いた商業経営専門誌「商業界」の主幹を務めた倉本長治の言葉を解説しながら、商いに何が必要なのかを探った本である。倉本自身は戦前から戦後にかけて活躍した人であるが、その言葉は決して色褪せず、現代においても十分通用する。現代ビジネスの本質を突くような鋭い内容も多く含まれている。
著者は倉本に学び、今はなき「商業界」で編集長を務め、中小店から大手まで現場取材を重ねた笹井清範氏である。本書は倉本の「商売十訓」を追いながら、それぞれに関連する10の教えを併せて紹介・解説し、倉本の教えをまとめている。
「採算よりも善悪を」
まずここでその商売十訓をあげてみよう。それぞれわずか14字の商人訓だが、考え抜かれた言葉が選び出されている(表記は原文のママ)
①損得より先きに善悪を考えよう、②創意を尊びつつ良い事は真似ろ、③お客に有利な商いを毎日続けよ、④愛と真実で適正利潤を確保せよ、⑤欠損は社会の為にも不善と悟れ、⑥お互いに知恵と力を合せて働け、⑦店の発展を社会の幸福と信ぜよ、⑧公正で公平な社会的活動を行え、⑨文化のために経営を合理化せよ、⑩正しく生きる商人に誇りを持て――の十訓である。これらはコンプライアンス、ステークホルダー重視、顧客満足度など現在の経営理念につながる考え方のようにも見える。
本書ではまず「商売は損得の勘定より善悪の峻別のほうが大切だ 採算よりも善悪を第一に考えるのが根本である」という言葉が紹介される。ビジネスをめぐって不祥事が相次ぐ現代社会に響く言葉である。著者は『世の中の「善」とされることの大半は、金儲けと縁が遠いのも事実で、正しい商いだけは「真」「善」「美」という人間の理想とする価値と一致する』と指摘する。
さらに「繁盛」と「儲け」についても考察する。著者は「儲けようとすると繁盛は逃げていき 繁盛に努めると儲けは近づいてくる」という言葉を紹介する。一見矛盾するような考え方だが、著者は、お客の暮らしを豊かにするところに商人の使命があり、その成果が繁盛であり、結果として儲かるようにするのが商人の務めだと示す。