2024年5月14日(火)

家庭医の日常

2024年3月23日

 短時間作用型β₂刺激薬のように、処方できる薬剤のほとんどがMDIの剤型であるため選択肢が限られる場合もあるが、可能な限りMDIからDPIやSMIへの変更を家庭医は患者へ推奨して相談する。また、吸入薬を使用し終わったMDIに残るHFCも大きな問題で、リサイクルが推奨されている。

「プラネタリーヘルス」事始め

 2022年9月の『世界の家庭医が挑む貧困やSDGsと医療の課題』でも紹介したように、地球規模での環境に配慮した活動は「プラネタリーヘルス(planetary health)」と呼ばれ、世界の家庭医が取り組むべき「新たな目標」となりつつある。

 「プラネタリーヘルス」という概念を考案したのは、英国の医学雑誌『ランセット』のリチャード・ホートン編集長だと思われる。今からちょうど10年前の14年3月の『ランセット』に、彼が筆頭著者となって「公衆衛生からプラネタリーヘルスへ」と題するマニフェスト(宣言)が発表された。

 この「宣言」は、人類が直面する脅威(健康とウェルビーイングへの脅威、文明の持続可能性への脅威、人類を支える自然界と人為システムへの脅威)へ対処することを目的として、人類が共存し依存する生命の多様性を育み維持する地球を視野に入れて、医療専門家や公衆衛生従事者、政治家や政策立案者、国連や開発機関の国際公務員、地域を基盤とした学者、そして自分自身の健康、同胞の健康、そして将来世代の健康に関心を持つすべての人たちを巻き込んで、地球規模の健康のための運動を起こすことを提唱している。

 ただ、この「宣言」がかなり高邁な理想を掲げているために具体性を犠牲にしているという指摘もあった。そこで、同じ年の8月にロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine; LSHTM)の教授で学長を務めたこともあるアンディー・ハインス卿らを加えて、プラネタリーヘルスについての研究を振興する方向で運動を発展させ、それらの成果はロックフェラー財団と『ランセット』の合同プラネタリーヘルス委員会による報告書として15年に出版された。

家庭医が果たす役割

 プラネタリーヘルスについては世界の家庭医たちが取り組んでいるが、中でも積極的なのがアイルランド家庭医学会である。学会の持続可能性作業部会が22年に公開した『Glas Toolkit』(現在は23年5月版。「Glas」はゲール語で「緑」の意味)には、プラネタリーヘルスのために家庭医と診療所チームがどのような役割を果たしたら良いかの具体的な推奨が掲載されている。しかも、新しい多くの臨床研究のエビデンスをもとに継続して改訂がされているのも嬉しい。前述のアイルランドでの吸入器の調査も『Glas Toolkit』の著者らが実施したものだ。

 その内容には、次のようなトピックでのエビデンスと推奨が含まれている。

 適切な吸入薬と抗菌薬の処方と廃棄、処方内容の見直しガイドライン、適切な診断検査と自己管理、臨床の意思決定に役立つ参考文献とエビデンス、スクリーニング、過剰診断、過剰検査などの臨床情報の定期的な更新、適切な患者教育、心身の健康に対する地域社会の支援(社会的処方)、臨床家と患者との協働、アクティブ・トランスポート(化石燃料を使用しないウォーキングやサイクリングなどの自走式移動手段)、生活習慣改善、全粒穀物と豆類など植物ベースの食品摂取の促進、そして禁煙、患者のためのグループ活動、健康の社会的決定要因、ヘルスリテラシー、住宅、教育、環境保全などの健康の決定要因に対処する政策提言、エネルギーコストの削減、薬剤経済学、医療における無駄と費用の削減。

 グローバルに見てみると、プラネタリーヘルスに興味を示したり活動している医師には、プライマリ・ヘルス・ケアを専門とする家庭医が多い。アンディー・ハインス卿も英国の家庭医であり、地球の気候変動がさまざまな形で健康を悪化させることを警告した最初の一人だった。

 「大惨事を回避するには、より多くの資源と政策の根本的な変更が必要である」と1991年出版の英国医学雑誌『BMJ』で説いている。2022年には、彼は環境科学でのノーベル賞とも言われる「タイラー賞」を受賞した。


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