2024年12月22日(日)

一人暮らし、フリーランス 認知症「2025問題」に向き合う

2024年5月31日

改善できる危険因子

(Vadym Gannenko/gettyimages)

「聞こえ」について、皆さまは何か考えたことがあるだろうか。

「年を取ると聞こえづらくなる」とか、「高齢者には大声で話す人が多い」とか、「聞こえなくなるのは当たり前だし、仕方ない」――そんなイメージをお持ちだろうか。

 では、聞こえづらさが認知症に関係すると言ったら、どうだろう? 真剣に対策しようと考える人は、どれくらいいるだろうか。

 と、問いかける形で書いたのは、私自身が「聞こえ」について、余り考えてこなかったからである。アクシデントなどでふいに不調を感じたりした時だけ急に、真剣に考えたりもしたこともあるけれど、普段は自分の耳について意識することはほぼない。また、定期的に聴力検査を受ける習慣も持っていない。私にとって、「聞こえる」というのはごく当たり前のことであり、遠い未来の可能性としても「聞こえなくなる恐れがある」とは、想像したこともなかった。去年、認知症を回避する方法を調べ始めるまでは……。

 そう、この連載で書いてきた通り、私は去年からにわかに認知症について調べ始めた人間である。そして調べ始めてすぐに知ったのが、認知症には「科学的な根拠に基づく危険因子」というものがあり、その一つに難聴があげられているということだった。

 認知症に長く携わってきた人たちにとっては、もしかしたら難聴という因子は割と新しいものなのかもしれないが、去年から調べ始めた私には、最初に意識すべき大きな要素として頭にインプットされた。なぜかというと難聴には、「改善できる」という側面があると同時に知ったから。

12の危険因子とは?

 2020年に世界的な医学誌「ランセット」の国際委員会が発表した報告によると、認知機能低下の危険因子のうち介入可能なものは12あり、その筆頭に難聴があげられている。

「認知症発症の介入可能な12の因子」(Lancet Commission 2020を改変。資料提供:オトクリニック東京) 

 12の危険因子とは、「難聴」の他、「幼少期の教育」「喫煙」「抑うつ」「運動不足」「高血圧」「社会的孤立」「肥満」「糖尿病」などで、これらを改善することができれば、理論上は認知症のおよそ40%について、発症や進行を遅らせたり、回避したりできる可能性があると言う(難聴は、トップの8%だ!)。

 ちなみに「12」の因子とは、現在までに科学的根拠が証明されているものであり、研究途上にある「睡眠」などの因子が将来加わると、認知症になる可能性はもっと減らせるかもしれないとも言われている。

難聴と認知症

 では、難聴になるとどうして認知症になる可能性が高まるのだろうか。

「オトクリニック東京」院長、小川郁先生

 長年、聴覚研究に携わってこられ、現在は「オトクリニック東京」で院長を勤めている慶應大学名誉教授の小川郁先生に伺った。

「難聴になることが、イコール認知症に結びつくのではありません。難聴によって、コミュニケーションが少なくなったり、やる気がそがれて意欲を失ったりしていくことが結果的に認知症を引き起こしていくのです。

 私たちの情報の8割は視覚から入ると言われていますが、耳からの情報はコミュニケーションを司っているという意味で、そして情動の引き金になるという意味でとても大事です。

 “聞こえ”の裏側には“言葉”があり、私たちは言葉を聞いて、頭の中でその言葉を理解し、自分の言葉として相手に返しています。聞いた言葉を理解する際には、必ず楽しい、悲しい、嬉しい、不快だといった感情が伴います。よって、耳からの情報は“情動”の引き金にもなります。つまり、“聞こえ”は、人としての様々や想いや気持ちも生み出しているのです」(小川先生、以下同)

 なるほど!「コミュニケーション」に関するイメージはある程度想像できていたが、情動の「引き金」というか「入口」になっているというのは、指摘されてハッとさせられたし、腑に落ちた。「音」が想像力をかき立てたり、感情を揺さぶったりするというのは、音楽やラジオの声を聞いて「感じるものがある」ということからも想像できる気がしたのだ。そして、音が私たちの感情を想起させ、言葉を生むとするならば、それは思考のきっかけにもなっているはずだ。そう考えると、「聞こえ」が私たちに与える影響は、どれほどのものになるだろうか。

 例えば今、自分の「聞こえ」が悪くなったとイメージしてみよう。

 すると、人に話しかけられてもわからないケースが増えるかもしれないし、聞き返す回数も増えるかもしれない。そしてそういうことが重なると、相手に「悪い」と思うようになるだろうし、笑ってごまかしたり、知ったかぶりをすることが増えるかもしれない。すると、様々な信用を失ってくかもしれないし、自分から外に出ていくことが億劫になっていくかもしれない。そしてゆくゆくは、認知機能をキープする上で大事だとされる「コミュニケーション」も「運動」もしなくなっていくかもしれないし、自分自身の感情や思考も薄らいでいくかもしれない。「耳からの情報」は、私たちが思っていた以上にとても大きなものだったのだ。


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