被害発生率への地理的アプローチ
都道府県別の人口千人当りの被害者数は被害発生率とみなすことができる。ここで、この地域別の熊による人身被害の発生率を地理的な条件から考えてみよう。熊をはじめとした野性動物と遭遇する確率が高まるためには、人間の居住するエリアとそれら野性動物が生息するエリアがより多く接していることが考えられる。
そこで、まず都道府県別に総面積から可住地面積を引き、人間の可住地以外のエリアの大きさ(野生動物等の生息の中心となる森林地域の面積に相当)を求め(km2)、それを人口で除し、「人口千人当りの非可住地面積」を算出した。
これは、いわば人間一人当りどれほど野生生物の生息するエリアに囲まれているかという可能性を示す指標である。この人口千人当り非可住地面積(横軸)と表1に示した人口千人当りの被害者数(縦軸)の関係をプロットしたものが、図5である。
図5を見ると人口当たりの森林等の非可住地面積が増えるにつれ、被害者発生率が増加傾向にあることが見てとれる。しかし、横軸の最右点である北海道はそれほど被害者発生率が高くない。
被害者発生率の高い秋田県、岩手県と非可住地面積が近い水準にある島根県、高知県の発生率も小さい。さらに全国47都道府県中23県で被害者がゼロであるということは大きな疑問である。
図5の両指標の相関を取ると相関係数r =0.529であり、無関係ではなく正の相関が見られるものの、強く決定的な指標といえるほどではない。
西日本における生存数の問題
図5において熊による被害者発生率がゼロとなっている地区は、図2の全国マップで見るとおり西日本、特に四国、九州・沖縄地方である。このうち、九州地方においては12年に環境省が発表した「絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト」(いわゆるレッドリスト)の【哺乳類】環境省第4次レッドリスト(2012) 新旧対照表においては、九州地方のツキノワグマが「絶滅」と判定され、「絶滅のおそれのある」種のリストから削除されている。この理由として、「1987年に大分で捕獲された個体が、国内他地域から持ち込まれた個体であることが明らかとなり、この例を除くと九州では1950年代以降から確実な採集記録がなく、九州の集団は絶滅した可能性が高いと判断されたため」とされている。
このほか現状では石狩西部、下北半島、紀伊半島、東中国地域、西中国地域、四国山地のツキノワグマが「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」と指定されている。なお、23年の熊の被害者数219人のうち、ツキノワグマによるものが210人であり圧倒的多数を占めている。(残りの9人はヒグマ。)