地域の過疎化との関係
見てきたように熊の被害は熊の絶滅とも関連し、これは別途生物多様性の見地から検討されるべき問題といえる。このほかの視点として、東北地方の熊の被害の問題は東北地方の過疎化の問題とも大きく関連している。
環境省の08年から24年11月公表時点までの16年分の熊の被害者率を東北6県に限定して線型回帰したところ、
被害者率=−0.00206+0.00139***×非可住地面積/人口千人+0.0247***×2023年ダミー,Nob=102, Pooled OLS, Adjusted R-squared=0.336,
***は1%水準で有意であることを示す。
という結果が得られ、明確に人口当たりの非可住地面積が増えるほど被害者率が高まるという結果が得られた。
この傾向が続くとすると、今後、少子高齢化が進むことで地域の過疎化も進み、分母の地域人口が減少すると同時に、耕作放棄地や空き家の増加による分子の可住地域の減少をもたらし、被害者率の増加が心配される。
総務省の「令和元年度 過疎地域等における集落の状況に関する現況把握調査報告書」によれば、全国の市町村に対して集落において発生している問題点を調査している。その結果によれば、「空き家の増加」が 87.4%と最も多くの集落で発生しているほか、「耕作放棄地の増大」(71.7%)、「住宅の荒廃(老朽家屋の増加)」(69.2%)、「獣害・病虫害の発生」(65.6%)、「商店・スーパー等の閉鎖」(64.1%)、「働き口の減少」(60.9%)、が6割超の市町村から多くの集落でみられる問題として指摘されている。
これらの多い順に挙げられた6つの問題のうち、「獣害・病虫害の発生」(65.6%)は直接に熊等の野生動物による被害にかかわるものである。また、空き家、耕作放棄地、住宅の荒廃はいずれも、可住地面積の減少へとつながる問題といえる。
表2は先ごろ国立社会保障・人口問題研究所から公表された『日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計)』による東北6県の将来人口の推計結果から作成した、今後の熊被害に関する予測値である。表中のA欄は20年の各県の人口を100とした場合に50年の人口の水準を示している。
これによれば、将来の東北地方は現在の6割程度の人口にまで減少することとなる。原則として地域の可住地面積が減少しないという楽観的な仮定とした場合の非可住地面積/人口千人の変化を予測したものがB欄の数値である。この結果によれば、人を取り囲む非可住エリアの相対的な増加によって、熊による被害者率は約1.3倍から1.7倍程度まで増加するという計算結果となった。
急がれる熊対策とその予算
現在、熊による死亡被害に対して公的に填補される金額は数十万円である。これは、あくまでも「お見舞金」としての性格しか持ちえず、人命を償うには十分な金額とは言えない。
命の価格を明確に表すことは困難を極めるが、生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査」(速報版)(24年11月発行)によれば、2人以上世帯における世帯普通死亡保険金額は平均1936万円であるとされている。一方、日本損害保険協会による「損害保険ファクトブック2024」によれば自賠責保険の支払限度額としてケガによる損害では120万円、重度の障害の場合3000万円から4000万円。死亡の場合は3000万円とされている。
23年の熊による人的被害は219人、うち死亡6人である。最も軽いけが(120万円)を想定しても2億円以上、1000万円を仮定するならば20億円以上の金額となる。また死亡にあたって1人当り3000万円と仮定しても1億8000万円以上の損害となる。
今後、人口減少が進めば、被害件数も増えていくことが予想される。対策については、市町村や県の熊駆除に対する猟友会への報酬金額が安すぎるといった問題も指摘されている。
過疎地域の国民の生命を守るためにも、野生生物の人的被害防止のための予算措置とその効果的な使用、人と動物が共生するための政策が求められるといえる。