2026年4月9日(木)

戦災樹木を巡る旅

2026年4月9日

 上野の山、上野の森、上野の杜──。季節ごとに多彩な表情を見せる上野公園には、よく見ると歪な姿をした木々が点在している。その一つ、東京大空襲の戦災樹木として語り継がれるのが、東京都美術館のイチョウだ。普段は裏庭にひっそり佇んでいるが、過去には「風景芸術」の作品のモチーフとして、その存在に光をあてる試みがあった。この作品を手がけた美術家の田窪恭治さん、当時の担当学芸員の田村麗恵さんのお話から、戦災樹木の存在価値を最大限に引き出すヒントを探ってみたい。

これまでの記事
第1回:【戦後80年】知っていますか? 「戦災樹木」 無口な語り部が私たちに訴えること
第2回:多くの爆弾が降り注いだ「戦災樹木」、東京都内だけでも200本以上…調査で分かった3つの特徴
第3回:山の手空襲から奇跡の再生 「樹齢750年の大銀杏」 米国ゆかりの「善福寺」で見た戦争の爪痕 
第4回:内部診断で捉えた樹木の「驚異の生命力」 関東大震災と空襲、二度の災禍を生き抜いた実態とは
第5回:上野に刻まれた記憶――空襲の記憶継承と戦災樹木が語る「生きた証」
《感覚細胞-2016・イチョウ》撮影:齋藤さだむ

 1926(大正15)年、東京都美術館(当時の名称は東京府美術館)は日本初の公立美術館として上野公園に開館した。今年の5月1日には記念すべき開館100周年の節目を迎える。

写真提供:東京都美術館。開館100周年の特設サイトはこちら

 その裏庭に、タイルの床に囲まれた一本のイチョウがある。東京大空襲で被災し、一度は黒焦げになりながらも、復活を遂げたと伝わる木だ。幹には大きな亀裂が走り、樹皮は炭化している。敷地外の柵越しに見ても、幹肌の黒く焦げた様子がわかる。樹齢や保全の経緯について、館として体系的に記録・検証している資料はないとのことだが、「大イチョウ」や「被災イチョウ」「焼けイチョウ」と呼ばれている。

東京都美術館のイチョウ(別の角度から撮影した同一の木)。特別に許可を頂き、間近から撮影することができた(2026年3月5日)
三本のうち中央。敷地外の通路から見ても焦げや亀裂は顕著だ。旧東京音楽学校奏楽堂に続く歩道で2025年6月に撮影。樹種にもよるが、周辺の木々に比べると幹の太さの割に、背が低いように見える。大きなダメージを受けた木では成長速度が低下し、樹齢の割に小ぶりな木も珍しくない(戦災樹木の特徴は第4回 で詳しく紹介している)

 この木がある裏庭に、普段は入ることができない。かつては屋外彫刻展示場として利用されていたそうだが、現在は一般公開されていないエリアだ。おそらく、このイチョウのことを気に留める人の方が少ないだろう。そもそも、上野の杜に溶け込んだ一本一本の樹木に意識を向けることの方が、難しいのかもしれない。

 景色や木材として、あまりにも身近な「木」という存在に改めて着目し、光を当てたのが東京都美術館で2016年に開催された展覧会「木々との対話──再生をめぐる5つの風景」だ。同館の開館90周年記念展として2016年7月から10月にかけて実施され、5人の現代作家が「木と再生」をキーワードに作品を展示した。そのなかで、被災した大イチョウを題材に野外で風景芸術作品を製作したのが、美術家の田窪恭治さんだ。


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