貿易自由化の歴史に根差した「通商交渉単位」としての機能
メルコスールでは通商交渉に関する原則として、加盟国は単独で域外国との自由貿易協定(FTA)を締結せず、メルコスールを単位として交渉するというものがある。その背景には、中南米域内の統合の歴史と、対先進国を念頭に置いた通商面での交渉力向上という戦略がある。
中南米では、キューバ革命に危機感を抱いた米国の影響力により60年以上前から地域貿易協定を通じた自由化が進められていた。中米地域で60年代から経済開発・域内貿易の活性化のため、自由貿易地域が形成された。
一次産業化を脱すべく工業化が進んでいたメキシコおよび南米主要国間でも、相互に市場を開放することでお互いの発展を目指すラテンアメリカ自由貿易連合(ALALC)が形成された。このALALCは厳格性がネックとなり、ラテンアメリカ統合連合(ALADI)へと引き継がれ、メルコスールが誕生している。
メルコスールの実現には、ブラジルやアルゼンチンにおける産業・通商政策の転換も後押しした。ブラジルやアルゼンチンでは、80年代後半まで外国から買っていた工業製品を国内で製造する輸入代替工業化政策が採られていた。国内と海外の接点を関税や規制で管理しており、対外通商交渉の能力を向上する動機も薄かった。
しかし、経済政策の失敗で高インフレを招き、大きな政府から小さな政府への転換による財政赤字削減、インフレ抑制策の一つとしての国内市場の開放プロセス進展など、新自由主義的政策に国内がシフトした。通商戦略にも変化が求められ、対外交渉力を向上させる必要が生じたのである。
メルコスールには、通商交渉力を高める基盤としての役割が期待されることとなった。この点は、メルコスール発足翌日のブラジルのカルドーゾ大統領(当時)の演説の一文に集約されている。「私たちは孤立するために結集しているのではありません。同じように統合を目指している他の国々と、より具体的で前向きな関係を築くために結集しているのです」。
実際にメルコスールは、90年代後半から2000年代初頭にかけ、世界貿易機関(WTO)における農産物を巡る交渉や、米国・メキシコ・カナダが加盟する北米自由貿易協定(NAFTA)を南北アメリカ大陸とその周辺国を含む米州全体に拡大するという米州自由貿易圏(FTAA)交渉において、一定の影響力を発揮した。2000年のメルコスール首脳会議では、加盟国が単独で第三国と自由貿易協定を結ぶことを禁じることでさらに結束力を高めた。
