熱帯医学をご存知だろうか?
もともとは入植者を熱帯特有の感染症から守る目的で誕生した研究分野である。
長崎大学の嶋田雅曉教授は、アフリカのケニアに長期間滞在し
人々の生活様式から感染症予防のヒントを探り出そうとしている。
高井ジロル(以下、●印) 少々レトロな雰囲気も感じる言葉ですが、「熱帯医学」とはどういう医学なんでしょう。
嶋田雅曉(以下、「——」) 植民地時代、西欧諸国が熱帯に入って、それまで出会ったことのない熱帯地に特有な病気に直面し、これはまずいということで始まった医学です。熱帯地に赴く自分らの仲間をいかに保護するか、という需要から生まれたものですね。
●ちなみに、熱帯は他の地域より病気が発展しやすい場所なんですか。
——地球に届く太陽エネルギーの多くは赤道周辺に注いでいます。そして、エネルギーが多いところほど生物種は多い。人類が命名した種の数は170万くらいですが、その約80%は熱帯地にいます。人間に悪さをする生物(病原体)も、当然その比率に応じて存在するわけ。
ただ、そういう生物というのは全体の0.1%くらいしかいないはずです。いいことをしてくれる生物のほうがほとんどなんですよ。
昔は呪いや「ミアズマ」(瘴気)が起こすと言われていました。病原体というものがあってそれが病気を起こす、と言われ始めたのが、たまたま植民地時代。19世紀終わりに熱帯医学校や熱帯医学会がイギリスやオランダなどで続々と生まれ、熱帯医学は20世紀初頭に花開きます。
ところが、第二次大戦前に植民地主義が批判と反省の時期を迎えると、熱帯医学は転機を迎える。自分たちは収奪するだけじゃなくて現地のためになることもしている、というアピールに使われるようになりました。その後、1960年代にアフリカの植民地が独立する時代が到来し、熱帯医学の熱はがくっと冷めました。ヨーロッパ本国に研究者たちがひきあげてしまった。