市町村が合併しても人口15万人の都市。それが今治市だ。ここ5年で約1万人が減り、日本の人口減少率の約2倍近いスピードで人が減っている街でもある。加計学院がスタートするまでは4年制の大学がなく、若者が残らなかった。港で人が賑わっていたものの、来島海峡大橋が出来たことで港へフェリーが来なくなった。それに伴い港に隣接する商店街も廃れ、商業施設も今治を後にするようになった。駅前を歩いても10分ほどで何千人も人が集まるサッカースタジアムがあるとは到底思えない光景だった。
その街でクラブ運営を行うFC今治の企業理念には「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」が掲げられている。サッカーという文字はどこにもない。サッカークラブが盛り上がっていても、人がいなくなり街が廃れていては意味がない。そこでFC今治は地域にどう根付くか、サッカーを使って今治全体をどう盛り上げるかを常に考えている。そうしないことにはFC今治の存在が成り立たない。
その活動の一環が「Bari Challenge University」という教育事業だ。「人が自分の力で生きていくための応援事業」と経営企画室兼ヒューマンデベロップメントグループ長を務める中島啓太氏はいう。岡田氏とアドバイザリーボード(外部有識者)の発案によってスタートした事業を2年目から任されるようになったのが中島氏だ。元々サッカー以外の新規事業に興味を持っていたことから、岡田氏が期待を込めて抜擢した。このプログラムは次代を担う若者と時代を切り開いた先駆者が今治に集い、数々のセッションを通じて心の豊かな未来を担う人材を育成する6泊7日のワークショップだ。
現代では、不自由なく色んなものが揃い、納得が行かなければ仕事を変え、移住することが出来る。そのため生きる力というのが衰えてきている。これからの社会ではそれぞれが主体性を持って、自分の物語を生きていく人間開発が必要。そういった人間が育つことによって地方が育っていく。長い期間を掛けてアプローチしなくてはいけないことを、長いこと掛けてアプローチしようとしている世代に残していける可能性を秘めた事業だ。
サッカーチームが強くなる事業ではないかもしれない。だが社会には必要な事業として掲げる。卒業生がすでに300人以上いるこの教育事業からもいずれ社会に出て、再びFC今治を思い出して貢献する人が出てくるかもしれない。やり続けることで変わってくると、中島氏は信じて続けているという。
「地域にあったやり方を愚直に見つけてやり続けるしか生き残る道はない」。何百年続いてきた今治の文化や人間関係、空気を汲み取ってそこに合ったものを作るためにここ5年間教育事業に取り組んできた。
Jリーグもホームタウン活動の項目に“教育”を掲げているが、その内容は教育機関との連携を挙げている。選手が地域の学校に出向いてでの活動は最近どのクラブも行っている。だがクラブそのものが教育機関となり、アドバイザリーボードにサイボウズ株式会社の青野慶久社長や野球解説者を務める古田敦也氏など錚々なる顔ぶれを連ねるのは、FC今治の独自性の1つだろう。岡田武史氏をオーナーに持つ強みだ。