世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年6月18日

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 トランプ米大統領は、5月19日、WHOが30日以内に改革をしなければ、米国はWHOに対する資金供給を停止すると述べていたが、5月29日、WHOが実質的に中国の傀儡機関になっていると批判し、WHOとの関係を断絶し、資金供出を停止すると表明した。

Andrei Naumenka//SergeiKorolko/Stock / Getty Images Plus

 WHOが、中国がコロナウィルスの感染拡大の初期を隠蔽しようとしたことを批判せず逆に中国の初期の対応を評価したこと、中国の意見を取り入れ緊急事態宣言を1月30日まで行わなかったことなど、中国寄りの姿勢を示していたことは疑いのない事実である。しかし、トランプがWHOとの関係の断絶にまで踏み切ったのには、1つにはトランプ政権のパンデミック初期の対応の遅れに対する批判をかわす狙いがあったものと見られる。そのうえ、WHOが中国寄りであったことを強く批判することにより、反中の世論に訴えようとしたことも重要な動機であったと見られる。

 WHOとの関係を断絶するということと、WHOから脱退することは異なる。WHOの規約には脱退の要件を詳しく規定していないようであるが、一般的には脱退に際してはWHOへの債務をすべて返済する必要があると見られている。米国は2019年の8100万ドルと2020年の1億1800万ドルの分担金を払っておらず、脱退するためにはこれらを支払う必要がある。米国内の手続きとしては、WHO加盟に際し上院の承認を得ているので、脱退に際しても上院の承認が必要とみられる。その上、脱退の1年前に通告する必要がある。トランプ政権がこれらの手続きを踏んでWHOから正式に脱退することまで考えているのかどうかは分からない。

 正式に脱退するかどうかは別にして、米国がWHOとの関係を断絶したことの影響は大きい。まずWHOにとって打撃である。米国との関係断絶で年間4億5000万ドル(約480億円)規模とされる拠出金を失い、当面のパンデミック対策のみならず、世界のワクチン計画、ポリオ撲滅、エボラ熱対策の実施に影響が出る恐れがある。また感染に関する米国の知見へのアクセスが難しくなりかねない。こうした点につき、トランプの発表は、公衆衛生の専門家の非難を招いている。一方、米国は世界の保健衛生という重要な分野で影響力を行使することを放棄した。トランプ政権は国際機関での影響力はあまり重視していないようであるが、世界の保健衛生は今後パンデミックの第2波、第3波が予想されることもあり、ますます重要になる。その際に米国が影響力を行使できないことは米国にとってのみならず世界にとってマイナスである。

 米国はWHOの中国寄りを批判したが、WHOとの関係を断絶したことによりWHOの中国寄りを加速するという皮肉な結果になる恐れが多分にある。すでに習近平はWHOに対し20億ドルの追加拠出を約束した。財政面のみならずWHOの運営についても中国の影響力は増すだろう。WHOの政策に影響を与えようとの米国の試みは上手くいっていない。米国のWHOとの関係断絶表明が、トランプ陣営が大統領選挙の柱に据えようとしている対中批判のレトリック以外の意味を持たないとすれば、非生産的なことのように思われる。

  
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