見極め難しい「裏口入学」
株価80%急落の失敗事例も
こうして米国市場では大々的なSPACブームが起きているが、上手い話ばかりではない。実際には、投資家が手痛い損失を被った事例も発生しているのである。
昨年、SPACを利用して上場した企業の一つ、米国燃料電池トラックメーカーの「ニコラ」。電気自動車の雄として株価が急騰していたテスラに続く成長企業のイメージを利用しつつ、同社はSPAC経由で6月にナスダックに上場した。約10㌦だった株価は一時80㌦近辺まで上昇し、時価総額でフォードを上回る場面もあった。
だがその後、同社の技術開発力に関して疑惑が生じ、強気の経営で名を馳せたCEOが辞任に追い込まれるなど逆風が強まって株価は約80%急落した。同社の事業見通しの正確性に関して米証券取引委員会(SEC)が調査を開始した、と報じられたことも投げ売りを誘った。
ニコラのみならず、SPACを通じて上場した企業の株価が初値を下回っているケースはかなりの数に上る、との指摘もある。昨年上場したケースでは、大半の株価パフォーマンスはスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)500に劣後している、とゴールドマン・サックスは分析している。
だが従来のIPOルートを意図的に回避した「裏口入学」的な悪例の正確な見極めは難しい。潜在的な成長力を持つ未公開企業も少なくないため、SPAC人気は衰えない。景気回復を見込んで企業買収の動きは依然活況であり、株価の先高観を背景とする上場意欲や投資熱も高まる一方である。
多少の損失は一回の「大当たり」で挽回できるのもIPO投資の一つの特徴だ。SPACは現代金融の生態系にフィットする存在になった、との評価さえある。こうしたトレンドに乗るように、企業投資戦略に焦点を当てるソフトバンク・グループも今年1月にSPACで約6億㌦を調達、2月には新たに2つのSPACを上場させて約5億㌦の調達を目指すと発表した。
ただ好循環の継続を漫然と願う市場の期待は、過去に何度も裏切られてきた。今年の米国市場のワイルド・カードは、長期金利の上昇である。巨額の財政支出とインフレ許容の金融政策の組み合わせは、想定以上の超過需要を生み出してインフレ懸念を強める可能性がある。更に、株や不動産の過熱を懸念する中国が、今年どこかのタイミングで金融引き締め策へと転換する確率は小さくない。低金利にどっぷり浸かった世界での金利上昇予想は楽観シナリオを一変させる可能性が高い。
金融界に「ウィン・ウィン」の状況をもたらしたかに見えるSPACは、間違いなく米国の寛容な「財政政策と金融政策」のパッケージが生み出した資本市場の陶酔感の副産物である。コロナ禍は、その対応としての経済政策を通じて異形の資本取引を活性化させることになったが、逆に言えば、コロナが終息に向かう過程で何が起きるのかを想像するのは、それほど難しいことではないだろう。
米国市場での人気ぶりを見て日本にもSPAC導入が検討される日が来るかもしれないが、価格形成が密室で行われるような不透明さを胚胎する取引はとても持続可能とは思えない。市場活況の〝いいとこどり〟のようなこの「バブル」の構造を理解し、米国市場のリスクに注視する必要がある。
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