2022年11月29日(火)

新しい原点回帰

2022年1月10日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

良いものを仕入れて
焼き海苔に加工

 海苔は、海苔漁師が採取して板海苔状に整形乾燥したものを束ねて箱詰めしたものが流通する。箱には産地だけでなく採取した漁場や採取日、等級が書かれている。仕入れた問屋は自社の工場でそれを乾燥させ、焼いて最終製品である焼き海苔に加工、パッケージに入れて販売する。良いものを仕入れるのは当然として、それをどのくらいの温度で何秒焼くかによって、味や香りががらりと変わってくる。

 大森にある吉田商店の工場でも、焼き海苔のラインを持つ。「焼く温度やコンベアーの速度調整は、限られた社員しかできない、まさに職人技です」と古市社長。今は引退したベテラン工場長のアドバイスを受けて新工場長が責任を持つ。

 そんな吉田商品が毎年「特別限定品」として発売する商品がある。『花』という缶入り商品で、その年の最高品質の海苔だけを使う。納得する最高品質の海苔がどれくらい手に入ったかで発売量は変わり、今年は限定300本(八つ切り264枚、全型33枚分)。価格は1万800円(税込み)だ。1帖(全型10枚)あたりざっと3000円ということになる。一般的なスーパーなどで売られている海苔は1帖350円から400円ほどだから、価格もダントツだ。

「伊勢の海苔の格付けで最高のものに『重優上』というランクがあり、数年に一度、さらに上の『技+重優上』という等級のものが出ます。今年はこれを手に入れることができ、商品の『花』と『神楽』に使っています」

 老舗ならではの「看板商品」もある。緑色の缶に入った『碧(みどり)』(八つ切り176枚、全型22枚分。3780円)だ。1929年(昭和4年)に発売以来、同じデザインを使い続けているから、見た記憶のある人も少なくないに違いない。発売当初は大森産を使い、東京名産品として贈答用に大ヒットした商品だが、今は伊勢桑名産の極上海苔を使っている。発売から90年以上続く超ロングライフ商品だ。だが、老舗として伝統を守っているだけでは生き残れない。

『碧』は、1929年(昭和4年)発売以来のデザイン

 「世界に出せる商品を作りたい」。そう古市社長が考えていた時、気鋭の日本画家アラン・ウエスト画伯と出会う。「商品のための絵を」という依頼を快諾した画伯は大屏風を描く。それを缶に写して『花』を作った。金銀箔に彩られた四季折々の花々が咲き乱れる絵が描かれた缶は、海苔の缶とは思えない斬新さだ。それを渾身の最高級限定品にだけ使用しているのだ。

 伝統を守りながらも常に新しいものに挑戦していく。「悪あがきの連続です」と古市社長は笑う。

 新型コロナウイルスの蔓延で、百貨店が営業自粛を迫られるなど、高級贈答品も大きな影響を受けている。そこでも古市社長が言う「悪あがき」は続く。新型コロナの蔓延から1年余りの間に9つの新商品を出した。それを担ったのが「5代目候補」の長男、古市レオナ氏、29歳。別の会社を経て入社した直後に新型コロナが広がった。

9つの新商品開発を担った古市レオナ氏

 最高級の海苔を気軽に試せる『神楽』は全型6枚入りにすることで、1620円にまで価格を抑えた。「この後、10年食べられないかもしれない海苔なので、ぜひ多くの人に試していただきたい」とレオナ氏。『STAY HOME セット』と銘打った4種類の海苔のセットも売り出した。もみ海苔やおにぎり用海苔など使い勝手が違うものを組み合わせた。東京のビルのシルエットを配したケースも考案した。「若いので発想が違う。どんどん新しいものに挑戦してもらいたい」と古市社長は目を細める。同じことを続けていたのでは老舗ののれんは守れない。「目利き力」と新しいものに挑戦する「悪あがき」こそ吉田商店の「原点」ということだろう。

『STAY HOME セット』は、「はこびぐさ 半切」「目利きの技あり 青混ぜ 三つ切り」「おにぎり 金」「もみのり」の4点セットで1350円(左)。大森の自社工場で焼いて最終製品である焼き海苔に加工される(右)

写真=湯澤 毅 Takeshi Yuzawa

 

  
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