食の安全 常識・非常識

2022年4月28日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。(記事の内容は、所属する組織の見解を示すものではなく、ジャーナリスト個人としての意見に基づきます)

気候風土や病害虫の種類などにより農薬も変わる

 残留基準の設定のこうした考え方は、世界でおおむね共通です。結局、台湾でクロルフェナピルやフロニカミドの残留基準が0.01ppmなのは、いちごでは使われないルールだから、ということに尽きます。

 では、なぜ、これらの農薬は、台湾ではいちごには使われないのか? 実は、農薬と使ってよい作物の組み合わせは、国・地域ごとにかなり大きく異なります。

 世界中で農薬として使われている成分は600以上ある、とみられています。国・地域によって気候風土が異なり、作物に被害を及ぼす害虫や菌類、雑草などが違い、主に栽培されている作物も異なるため、国ごとにそれぞれの事情に合わせて各々の作物に使ってよい農薬を決めています。

 たとえば、日本で主食の水稲に使用を認められそれなりの数値の残留基準が設定されている農薬の多くは、欧米では不検出とか0.01ppmという基準になっています。欧米では水稲栽培は多くはなく、しかも日本とは違って中粒種や長粒種が多く、気温や湿度、病害虫や雑草の種類も異なります。そのため、日本で使われている水稲用農薬の多くは欧米では使われないのです。

農薬メーカーも儲けを考える

 さらに、農薬の使用の可否は市場原理にもさらされています。農薬企業は、国ごとに「Aという農薬をa、b、cの作物に使えるようにしたい」という申請を出し、審査を経て登録します。農薬企業はAがたくさん売れて儲かりそうな国では登録しますが、儲かる見込みのない国には申請を出しません。

 なぜならば、登録のコストは非常に高いからです。100種類近い試験データを提出しなければなりません。農薬の毒性に関する試験結果は、各国共通で提出できますが、作物を栽培する試験の結果は気候風土等によっても結果が変わるため、国ごとのデータが要求されます。

 農薬企業が新しい農薬を開発しデータを提出していくつかの国でいくつかの作物について登録を果たすまでには、日本円にして100億円を超える費用がかかる、と言われています。さらに、1国で農薬Aを使える作物の種類を1つ増やそうとするだけで、栽培試験などに数百万円〜数千万円の費用がかかります。

 したがって、農薬企業は販売するかどうかシビアに判断せざるを得ません。●●国のdという作物につく害虫に農薬Aがよく効くとしても、dの栽培面積が少なければ、農薬企業がわざわざ栽培試験をして投資してもそれを回収する売り上げを見込めません。したがって、農薬企業はdについての使用申請を出しません。その結果、農薬Aのdの残留基準は、使われない場合に設定される0.01ppm、あるいは不検出、ということになります。

 こうした事情の結果、ある国では合法的な食品が、別の国では残留基準を超過し違法、というような事態が頻繁に起きるのです。

昔、日本産りんごの基準超過が騒ぎに

 今回は台湾で日本産いちごが問題となりましたが、10年ほど前、台湾で問題視されたのは日本産りんご。同じような事情で多数が基準超過となりました。超過すると、その食品は廃棄されたりシップバック、つまり積み戻しとなります。

 台湾だけでなく、米国、欧州連合(EU)などへの輸出でも同じ問題が起きています。一方で、海外の残留基準は高く、日本では0.01ppmという基準が設定され、日本で基準超過として処分される輸入食品も多数あります。厚生労働省の輸入食品監視業務のページで違反事例が公表されています。

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