2022年12月5日(月)

21世紀の安全保障論

2022年5月11日

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勝股秀通 (かつまた・ひでみち)

日本大学危機管理学部教授

1983年に読売新聞社入社。93年から防衛問題担当。民間人として初めて防衛大学校総合安全保障研究科(修士課程)修了。解説部長、編集委員などを経て、2016年4月から現職。

「基地提供」という同盟の〝底辺〟を支え続ける沖縄

 最初は、底辺に置かれた「米軍への基地提供」を検証する。戦後、敗戦国の日本は1952年にサンフランシスコ講和条約が発効し、主権を回復した時点で、日本本土には約13万5000ヘクタールの米軍基地があり、沖縄県内には約1万6000ヘクタールの基地が存在していた。

 

 面積比では、本土と沖縄は8.4対1だが、その割合は50年代、60年代と本土が反核運動や、反基地・反米闘争などによって基地縮小に向かう一方で、引き続き米国の施政権下に置かれた沖縄には、関東や関西から海兵隊などの部隊や基地が次々と移転してきた。その結果、本土復帰を果たした72年5月15日時点の沖縄では、米軍の専用施設は約2万7900ヘクタールの規模にまで膨れ上がっていた。

 その後も70年代には、日米協議で関東地区の米軍基地を整理統合する「関東計画」が発動し、首都圏に点在していた米軍基地の多くが返還されたものの、沖縄県内の基地返還は進まなかった。最新の『防衛白書』によると、2021年1月現在、全国の米軍専用施設は約2万6300ヘクタールあるが、このうち沖縄県内には約1万8500ヘクタールが現存したままだ。

 70年前の講和条約発効当時よりも米軍基地面積が増えていることに驚かされるが、日本人として改めて、国土面積の1%にも満たない沖縄に、在日米軍の専用施設・区域の約70%が集中している事実と向き合う必要がある。それは私たちが強化しなければならないと感じている日米同盟の〝底辺〟を支え続けてきたのは、紛れもなく沖縄県であり、沖縄県民であるという事実をしっかりと認識することでもある。

日米で進む「普通の」同盟関係

 次は頂点に位置する「米軍と自衛隊の一体化」について検証する。一体化を象徴する場面を一つ挙げるとすれば、2014年12月、陸上自衛隊朝霞駐屯地(東京都・埼玉県)で行われた「日米共同方面隊指揮所演習」(コードネーム・ヤマサクラ)だと思う。自衛隊と米陸軍、米海兵隊が初めて「共通の作戦画面」(Common Operating Picture:COP)に向かって訓練を実施し、日米の陸海空戦力を結集させて離島奪還作戦に取り組んだからだ。

 

 共同演習だからCOPは当たり前、と思われるかもしれない。しかし、米軍と自衛隊では装備や能力に圧倒的な開きがあり、しかも米軍にすれば、≪あれもできない、これもできない法制≫に縛られた自衛隊は扱いにくい相手で、COPを使って訓練することなどできなかったと言っていい。

 だが、01年の米同時多発テロを機に、日米同盟はテロとの戦いにまで協力の枠組みを広げ、その後は北朝鮮を念頭に置いたミサイル防衛体制の強化、南シナ海や東シナ海で現状変更を目指す中国の軍事的台頭といった脅威が次々と顕在化し、当時の防衛省幹部の言葉を借りれば「ようやく本気になった米軍が自衛隊とのきめ細やかな連携に乗り出した」と言っていい。

 日本も本気度を示すため13年12月、戦後の防衛政策の基盤となってきた「国防の基本方針」を撤廃し、新たに「国家安全保障戦略」を策定した。続いて前述したヤマサクラなどの演習を経て15年4月、日米両政府は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を全面的に見直し、沖縄・尖閣諸島や先島諸島の危機を想定した離島作戦、海上交通路の安定を維持するための作戦など、自衛隊と米軍を中心とする演習を繰り返している。

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