食の安全 常識・非常識

2022年5月14日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。(記事の内容は、所属する組織の見解を示すものではなく、ジャーナリスト個人としての意見に基づきます)

実験結果を論文と映画で発表

 2012年9月、フランスのセラリーニ(Gilles-Éric Séralini)という科学者が、ラウンドアップ耐性トウモロコシやラウンドアップを溶かした水で2年間飼育したラットで、死亡率や腫瘍が増加したと論文発表しました。論文は大きながんができたラットの写真を掲載するなどセンセーショナルなもので、セラリーニは論文と同時に映画制作を発表するなどしてメディアの脚光を浴びました。

 これに対して、欧州食品安全機関(EFSA)は11月、「研究に深刻な欠陥があり、従来の安全性評価を見直す必要がない」と結論づけました。日本の食品安全委員会も、同様の見解を公表。ドイツ連邦リスク評価研究所 (BfR)、カナダ保健省、オーストラリア・ニュージーランド食品基準機関(FSANZ)なども同じ判断でした。

 論文は最初に掲載した学術誌からは「科学的な水準に達していない」として取り下げられましたが、別のグレードの低い学術誌に掲載されています。

最初に掲載された学術誌からは「科学的な水準に達していない」として取り下げ(Retracted)された

国際機関が「ヒトにおそらく発がん性がある」と発表

 15年には、世界保健機関(WHO)の外部機関である国際がん研究機関(IARC)がグリホサートと殺虫剤マラチオン、ダイアジノンという三つの農薬について、グループ2Aの「ヒトに対しておそらく発がん性がある」に分類しました。

 IARCは、動物にグリホサートを投与する実験でがんが発生するという研究結果が複数あること、グリホサートを散布する農業者で非ホジキンリンパ腫の発生率が高いなどの調査結果が複数あることなどを発がん性の科学的根拠として挙げています。およそ1000の研究結果を検討し、結論に至った、とのことです。

 興味深いことに、マラチオン、ダイアジノンという二つの農薬も、日本で普通に売られているのにほとんど話題となりません。グリホサートのみが発がん性を盛んに喧伝されています。

諸外国の公的機関は否定

 一方、欧州食品安全機関(EFSA)は同年、グリホサートについて「ヒトに対して発がん性のハザードを有する可能性は低い」と見解を公表。IARCが発がん性ありと判断した動物試験の結果も検証したうえでの結論でした。ヒトの非ホジキンリンパ腫についても、「エビデンスが非常に限定的であり、グリホサートとがんの因果関係は結論づけられない」としています。

 さらに17年、欧州化学品庁(ECHA)はグリホサートについて「発がん物質に分類しない」と公表しました。これらにより、欧州連合(EU)では17年から22年12月まで5年間、グリホサートを農薬として使用することが認められています。

 16年には国連食糧農業機関(FAO)とWHOが設置している合同残留農薬専門家会議(JMPR)も概要報告書を公表。「グリホサートは、食事由来のばく露で、ヒトに対して発がん性のリスクをもたらすとは考えにくい」と結論しました。

 米国環境保護庁(EPA)も同年、「ヒトに対する発がん性があるとは考えにくい」と判断しています。さらに20年、グリホサートに関する規制の中間レビューにおいても、同様の見解を示しています。

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