食の安全 常識・非常識

2022年5月14日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。(記事の内容は、所属する組織の見解を示すものではなく、ジャーナリスト個人としての意見に基づきます)

 日本の食品安全委員会も16年、発がん性、遺伝毒性はない、と評価書をまとめました。そのほか、ドイツやスイス、豪州、カナダなど諸外国の機関は軒並み、発がん性を否定しています。

 なお、EUは、グリホサートの使用承認が22年12月に切れるため、その後の使用を認めるかどうか現在、EFSAとECHAが再評価を行なっています。EFSAでは、フランスなど4カ国で構成する作業部会が21年6月、報告書案を公表しました。「生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性の根拠はない」という内容です。

 この作業グループの報告書案は、約7000の報告書、論文を精査し、1万2000ページにも及ぶものです。前回、17年に使用を5年間認める、という決定を下した時の報告書は、ドイツなどが構成する作業部会が約1000の報告書や論文を検討し、「発がん性はない」などの結論を下しました。これに対して、市民団体などから「開発者であるモンサントの圧力があり、不都合な論文が採用されなかった」などの批判が出たため、今回は検討対象の文献が膨れ上がったようです。国としてグリホサート追放へと強い姿勢を見せているフランスが作業部会に加わり、科学的に検討した結果が発がん性の否定でした。

 現在はパブリックコメントが終わり、最終的な報告書案のまとめに入っているところです。予定では、22年の下半期に報告書が公表されることになっていましたが、5月10日に再度発表があり、パブリックコメント等が3000近くに上り精査、回答するため、最終的な報告書公表は23年7月になる見込みです。

見解が分かれる原因は主に三つ

 IARCとEUや米国をはじめとする多数の公的機関で見解が分かれている理由としてとかく、企業の圧力が……などと語られますが、実際には科学的な理由があります。主に次の三つの事情です。
(1)ハザード評価かリスク評価か
(2)どのような質のデータを評価に用いるか
(3)体に取り込むルートを問わないか、残留農薬として食べて摂取するルートに限定するか

(1)ハザード評価かリスク評価か

 リスクは、「ハザード」と呼ばれる物質の特性と、その物質をどの程度、体に取り込むかという「摂取量」という二つの要素により、大きさが変わってきます。そのため、よく次のような関数で表現されています。

 

 ハザードとして発がん性が認められたとしても、摂取量により、体への影響の大きさ、つまりリスクの大きさは変わってきます。

IARCはがんリスクの大小を判断しているわけではない

 IARCは、さまざまな物質や食品等をグループ分けしていますが、その判断は、発がん性の証拠、すなわちエビデンスがどの程度、強固であるか、によるものです。

 グループ1は、「ヒトに対して発がん性があるという十分な証拠がある」もの。グループ2Aは証拠が十分とは言えないもので、グループ2Bになるとさらに、根拠が弱くなります。

 

 IARCがグリホサートについて検討したのは、発がん性を持つハザードになりうるかどうか、ということだけ。発がん性の強さや、摂取量も含めたヒトに対するリスクの大きさを評価して分類したわけではありません。

 これに対して、各国の食の安全に関わる政府機関は、食べる場合の発がん性のタイプ(遺伝子を傷害する「遺伝毒性」があるかどうか。ある場合には農薬としては認められない)や発がん性の強さ、さらに摂取量も含めたリスクについて評価しています。その結果、「適正に使われていれば、食べる場合のリスクは無視できる」としています。

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