2024年11月21日(木)

食の安全 常識・非常識

2022年5月14日

(3) 体に取り込むルートを問わないか、残留農薬として食べて摂取するルートに限定しているか

 三つ目の、ヒトが取り込むルートの違いも、わかりにくい話です。リスクの評価をする際には、食べて消化管経由で取り込む経口ルートか、吸入ルートか、あるいは皮膚に付いて皮膚に影響するのかなど、ばく露のルートをきちんと区別して検討します。

それぞれ作用メカニズムが異なることが多く、とくに消化管経由の場合には消化によって物質が分解代謝されることも少なくないからです。逆に、消化管内で分解されることによって毒性が強くなる化学物質も中にはありますので、体に取り込むルートの検討は極めて重要です。

 IARCの判断の大きな根拠は、前述したように農業者を対象とした調査で、非ホジキンリンパ腫との関連が認められることで、「ヒトで限定的なエビデンスがある」としました。食べるルートではなく、主に散布した時に吸い込んだり皮膚へ付いたりした結果です。そのほか、動物に大量に食べさせた時の毒性を判断し、それがヒトにおいても起こりうるかどうかを細胞実験や動物実験等から検討し、「ヒトにおそらく発がん性がある」としました。

 一方、各国の食の安全に関わる政府機関は、ヒトが食べた場合のリスク評価を行い、「発がん性はない」と判断しています。FAO/WHO合同残留農薬専門家会合 (JMPR)においても、「グリホサートは マウスでは極めて高い用量で発がん性を有する可能性を排除できないものの、ラットでは発がん性を有さないこと、職業ばく露由来の疫学調査結果を考慮しても、食品を介した農薬の摂取においては、グリホサートはヒトに対し発がん性を示さない」と結論づけています。

 日本の食品安全委員会も16年に評価書をまとめた際、動物に経口投与した試験などから、「発がん性、遺伝毒性はない」と判断しました。IARCが非ホジキンリンパ腫との関連でエビデンスとした米国の農業者に対する調査結果は審議の中で検討したものの、「グリホサートのばく露量の情報がなく再現性も不明である」として評価には用いませんでした。

「ヒトが食べる場合の発がんリスク」確認の公的機関はない

 さて、三つの事情、理解していただけたでしょうか。非常に複雑、かつ、専門的で、一般の人たちにはわかりにくい内容です。

 グリホサートについて明確に言えるのは、「人が食べる場合に発がん性があるか?」という点については「ある」と断言する公的機関はなく、多くの機関は否定し、IARCも判断していない、ということです。そして、口からの摂取ではなく吸入などによりばく露しているとみられる農業者については、非ホジキンリンパ腫のリスク上昇がみられる、という調査報告はたしかにありますが、研究の質に対する判断は割れています。

 残念なことに、この複雑な三つの事情を説明しないまま、「発がん性疑惑農薬が大量に残留した食品を、私たちは食べさせられている」などと伝える書籍や報道があるのです。 (1)〜(3)を説明せず発がん性という言葉を持ち出すのは、フェアな言論・報道とは言えないように私には思えます。

日本人の摂取量は許容摂取量の0.1%より少ない

 ちなみに、日本でのグリホサートの平均摂取量は、厚生労働省が調べています。全国8地域で、スーパーマーケットで売られている食品を購入し、調べたものです。

 グリホサートは食品安全委員会のリスク評価によれば、体重55キログラムの人であれば全生涯にわたって毎日、55ミリグラム(=5万5000マイクログラム(μg))を食べても健康への悪影響がないとされていますが、20年度の調査では、平均1日摂取量は7.92 〜 17.08μgです。

(注)グリホサートの許容1日摂取量(ADI)は 1 mg/kg体重/日。体重55 kgの人であれば、全生涯にわたって毎日、55mg(=55000μg)を食べても健康への悪影響がないとされている (出典)厚労省調査 写真を拡大

 


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