学会の推奨する標準治療を妄信するタイプも、難しい。今日、どの学会も科学的根拠に基づいた「最良の治療」を推奨するために、標準的な治療を提案している。
精神医学においても、疾患別の治療ガイドラインが整備されている。しかし、霞ヶ関には典型的な精神疾患は少なく、大部分は、状況に反応して一過性に生じた「バーンアウト」(本連載の、「『働く人のうつ』は『うつ病』ではないというこれだけの理由」を参照)である。担当医には個別の事情に応じた柔軟な対応ができなければならない。
官僚のように法知識を持つ人にとっては、法哲学における「法的安定性と個別妥当性」の関係と比べるとわかりやすいかもしれない。法的安定性を徹底すれば、法律は完璧な「石頭」と化す。同じく、標準治療を強制すれば、精神医学は人間規格化の技術と化す。
しかし、霞ヶ関人は、皆、患者としては「規格外」である。官庁を取り巻く状況は千変万化であり、そこから生じる「バーンアウト」もまた千差万別である。型通りの治療が通用するはずがない。
すぐに休職の診断書を出すタイプの精神科医も、かえって事態を混乱させる。霞ヶ関の人々は、国民のために尽力することに誇りを持っている。職務を放棄したいとは思っていない。仕事を続けたいのに、労働条件が悪すぎてそれができなくて、誰かの助力を求めているのである。
実際、それは結果として健康問題のように見えるが、真の原因は事業場の安全配慮義務の問題である。それなのに、もし、精神科医が過重労働の事実を指摘することなく休職の診断書を書けば、職場はそれを「私傷病」(≒「自己責任の傷病」)としてとらえる。自分たちの管理責任など自覚するはずもない。
メンタルクリニックの医師に求められること
霞ヶ関のメンタルヘルスのために、微力ながら何らかの支援を行いたいと思えば、医師にはすべきことがある。
まず、最低でも、24時間×7日間の睡眠・覚醒パターンを把握する。通勤時間、出勤・退勤時刻、週間スケジュールを聴取する。その目的は、その人に応じた起床・就床のタイミングを決めるためである。
平時の業務に加えて、国会対応が予想される場合は、職場泊まり込みもあろう。睡眠不足で日中も眠いから、業務の合間に15分でも仮眠をとれる時間を探したい。
重大な要件(議員レクなど)のタイミングで、脳のパフォーマンスを最高潮に持っていくピーキングを意識的に行わなければならない。そのためには、当日の休憩・仮眠時刻を戦略的に設定したい。早朝にレクが入ることが予想されるなら、前日・前々日の起床のタイミングもそれに合わせねばならない。
次いで、労働法規の知識を、生きた実践に変える。法律を知っているだけでは不十分である。その知識を戦略的に用いて、その人の疲労度、職場の(無)理解度、タイミングなどを考慮して、適切な意見申述を行う。
この連載「医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から」で診断書のサンプルをいくつか示した。要は、診断書の「付記」欄で、職場に対して健康リスクを訴え、かつ、職場の責任者の安全配慮義務に関して、法規を反映した注意喚起を行う。