2026年3月24日(火)

WEDGE SPECIAL OPINION

2026年3月24日

福建省庁時代の習近平と面会
他の要人たちとの大きな違いとは

──稲嶺さんは、福建省長時代の習近平国家主席と会っている。その時の印象と現在の習近平政権の中国の動向をどう見ているか。

稲嶺 習近平さんに初めてお会いしたのは2001年のことだ。当時は福建省長という立場で沖縄県庁を訪問された。その時、中国のエリートとしては非常に珍しい方であると感じたことを覚えている。

2001年2月、福建省長として沖縄県庁を訪問した習近平氏(KEIICHI INAMINE)

 知事に就任して以降、上海−那覇航空路線の開設、琉球時代の朝貢品の県立博物館での展示などの課題に取り組んできて、李肇星外相や王毅次官、劉剣峰民用航空総局長はじめ、当時の多くの要人と折衝する中で感じていたのは、とにかくみんなよくしゃべるということだった。それも大きな声で、自身の知識量を誇るように話す。食べても飲んでも何でもすごい。14億人いる国民の中でのし上がるのは、やはりそういう人なのだと理解していた。ところが、習さんはそうでない初めての人だった。無表情で、口数も少ない。余計なこともしない。大物感が漂っていたことを今でも鮮明に覚えている。

 一方で、彼は非常に「気が利く」人で、それを感じたのは02年、私が福建省を訪問した時のことだ。琉球王朝時代、沖縄が明と清に朝貢していたことから、福建省には当時亡くなった琉球人のための墓がある。そこへ私がお参りに行くと、大変きれいに掃除されていて、その細やかな配慮は非常にうれしかった。

 また、福建省の石材を現地生産し日本への輸入をしていた沖縄関ヶ原石材の緑間武社長や、琉球時代の音楽に精通している比嘉悦子さんなどにも、習さん自らがわざわざ賞状を渡してお礼を述べている。福建省内でビジネスをしている沖縄出身者も全員表彰された。

 彼自身、気が利くのか、部下を徹底的にコントロールして粗相がないようにしているのか、どちらかは見抜けなかったが、「この人は絶対偉くなる」と思っていた。やはり、その予想は的中した。

 ただ、外れたことがある。父の習仲勲氏が文化大革命下で下放され苦労しただけに毛沢東の思想とは一線を画し、改革開放路線に進むものとばかり思っていたが、毛沢東よりもむしろ権力を集中させて、一人ひとり静かに政敵を追い落としていく様には、恐怖すら覚える。

 さらに24年には、1991年に習さんが福州園の開設のために那覇へ来ていた事実を、中国側が自ら認めて言及している。これまではそういうことも黙っていたが、今になってそれを表に出し始めたのである。日本に対して「琉球」というカードを何らかの形で使おうという意図があることは明らかなのではないかと感じている。

那覇市中心部にある「福州園」は沖縄と中国との長い関係を象徴する(WEDGE)

自衛隊の姿勢に「変化」?
信頼関係構築に最も大切なこと

──そうした中で、第2次トランプ政権の言動や振る舞いは日本人に日米関係や日米同盟への信頼度を失わせている面が否めない。我々は、このことをどう捉えればよいのか。

飯塚 アメリカは昨今、従来の方針からの転換を図っており、その姿勢には一貫性を欠く印象が否めない。昨年末に発表された「国家安全保障戦略(NSS2025)」では、「西半球中心」の防衛と支配を最重要課題として掲げた。

 しかし、連邦政府内では依然として意見の統一が見られず、トランプ大統領が日本を含む東アジアにどう対応するのか不透明だ。アメリカの戦略的変化は、沖縄にも何らかの影響を及ぼす可能性が高い。


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