保険料率が下がらなければ、全面復帰は進まない
「海峡が開いたのだから船を戻せばよい」と思われるかもしれない。しかし船主の判断はそれほど単純ではない。
海運会社Heidmar Maritimeのカンナ最高経営責任者(CEO)は、湾内から出港するための戦争リスク保険料が1航海あたり600万〜700万ドル(1ドル160円換算で約9.6億〜11.2億円)に達すると述べる。同氏は「海峡再開後も、安全区域を確認する枠組みが整うまで船は動かせない」とも指摘した。
海運業界には「保険料は上がるのは早いが、下がるのは遅い」という経験則がある。危機発生前の戦争リスク保険料は船体価額の0.25%前後だったが、現在は1〜5%まで跳ね上がったケースも報告される。安全継続の実績なしに保険市場は動かない。
船主が見ているのは、次の航海の利益ではなく最悪の場合の損失である。大型タンカーや液化天然ガス(LNG)船は1隻あたり数十億〜数百億円規模の資産であり、機雷事故が起きれば船体損傷に加え、積荷損失、海洋汚染、訴訟が伴う。
市場は期待で動く。船主はリスクで動く。この温度差こそ、現在のホルムズ海峡を理解する上で最も重要な視点である。
「無料通航」と「低コスト輸送」は違う
米政府高官によれば、今回の合意に基づき、ホルムズ海峡は60日間無料で通航できる。これは外交上の成果だが、船社や荷主にとっては問題の一部に過ぎない。
通航料が無料でも、戦争リスク保険料の高止まりは船社のコスト構造を直撃し続ける。加えて、制裁確認や追加警備、航行待機のコストも残る。つまり、「無料通航」は「低コスト輸送の回復」と同義ではない。
見落としてはならないのが、ホルムズ海峡以外の戦線である。
米イラン合意の発表前後にも、イスラエル軍はベイルート南部やレバノン南部でヒズボラ関連施設への攻撃を続けたと報じられている。これは、今回の合意がただちに地域全体の停戦を意味しないことを示している。
海運業界が見ているのは、米イランの二者関係だけではない。イスラエル、ヒズボラ、フーシ派を含む地域全体の軍事的緊張が本当に低下するかどうかである。どこか一つの戦線が再燃すれば、ホルムズ海峡の再封鎖リスクや保険料急騰が再び現実味を帯びる。
署名後の60日間は、核問題など残課題の交渉期間であり、地域全体が本当に安定へ向かうかを試す観察期間と見るべきだろう。
