2024年12月22日(日)

公立中学が挑む教育改革

2018年3月26日

シンプルな目的意識を持つことで自由になれた

加藤智博教諭

 中堅・若手の教諭は、工藤氏との出会いがもたらした「衝撃」を語る。2015年に麹町中学校へ赴任した技術科教諭の加藤智博氏は、異動前のあいさつに訪れた際の印象が強烈に残っているという。

「正式な異動前なので、軽いあいさつのつもりで麹町中学校に来たんです。時間はかかっても10分程度だろうと思っていました。ところが校長室では、初めて会った一教員の私に教員のあり方や授業の組み立て方、学校運営への思い、『麹中ノート』のことなどを熱く話してくれて。気づけば1時間半が経過していました(笑)。『経営方針を明確に持っている人なんだ』と感じましたね」(加藤氏)

 同じく2015年に赴任した数学科教諭の戸栗大貴氏は、担当する生徒会の活動を通じて「工藤流」を知った。

「生徒会役員選挙の際に、工藤校長から『各候補の得票数は開示するの?』と聞かれたんです。前の学校では、落選した生徒の心情に配慮して開示せず、当選した生徒に花を付けるだけでした。同じようにやろうとしていたら、『本当にそれでいいのか? 本当の選挙だったらすべての数字を開示するよね』と言われて……」(戸栗氏)

戸栗大貴教諭

 仮に得票数が著しく少ない生徒がいたとしても開示するのか。工藤氏の意見は「すべてオープンにするべき。立候補はリスクも負ってするもの」だった。「教育的にプラスになることなら、できる限り社会のリアルに近づけるべきだ」と。

 慣例にとらわれず、必要だと思うことは実行する。そのリーダーシップに影響を受けて、多くの教員が「教員のあり方」を見つめ直すことになった。しかし、工藤氏の方針に共感する教員も、苦労がないわけではない。

「無駄に長い会議や日々の宿題チェックといった、本来の学校のあり方を考えるうえで必要のない労力は削減されています。一方で、何事も『昨年の実績があるから今年も同様に』という進め方では通用しなくなりました。常に変化を続けながらゼロから企画することも多いので、考えることは格段に増えたと思います」(加藤氏)

「私は文化祭などの行事を担当することが多いのですが、一つの行事を無事に終えても課題は山積みです。自分自身がその行事をどんな教育につなげたかったのか。その目的から振り返ると、本当にやりたかったことの30〜40パーセントくらいしか達成できていないんじゃないかと感じることも多々あるんです。だからこそ『もっと良くしなきゃいけない』という思いが強くなるのかもしれません」(戸栗氏)

「まだまだ道のりは長いと思いますが、それでも私は、ここ数年でとても自由になれたと感じているんです。生徒のことをいちばんに考えて動けばいい。そんなシンプルな目的意識を持てるようになったので、以前よりもずっとやりやすくなりました」(新橋氏)

 やればやるほど新たな課題が見えてくる。一人ひとり違う個性を持つ生徒と向き合い続ける限り、ゴールも一律ではない。新橋氏は今年度を振り返る工藤氏との会話の中で「ようやくうちの学校も軌道に乗ってきたね」と声をかけられたそうだ。ようやく。しかし、着実に。麹町中学校の改革の歯車は日進月歩で動き続けている。

◇◆◇ 書籍発売のお知らせ ◇◆◇
「目的思考」で学びが変わる
千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦

多田慎介 著(ウェッジ)
2019年2月16日発売

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第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃
第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)

第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:なぜ、麹町中学は「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ​
第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)
第17回:失敗の蓄積が、今の自分の価値を生んでいる(澤円×工藤勇一)
第18回:教育も組織も変える「魔法の問いかけ」とは?(澤円×工藤勇一)
第19回:「言われたことを言われた通りやれ」と求める中学校のままでいいのか(長野市立東部中学校)
第20回:生徒も教職員も「ついついやる気になる、やってみたくなる」仕掛け(長野市立東部中学校)

多田慎介(ライター)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

  
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