2024年12月7日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年6月26日

 先月の欧州議会選挙では、極右がどれだけ伸長するかに注目が集まったが、環境派の緑の党の台頭が、極右の台頭以上に重要であった可能性がある。同選挙では、緑の党は欧州の三大経済国で勝利した。ドイツでは緑の党が連邦選挙で初めて第一党となった。北欧とベネルックス諸国、そしてオーストリアとアイルランドで勢いを見せた。この「緑の波」で、気候変動を最優先事項とする諸党が、欧州の人口の半分以上の地域で躍進した。

(THPStock/iStock)

 フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニストMartin Sandbuは、6月5日付け同紙掲載の論説‘Europe’s Green surge matters more than the rise of the far right’で、緑の党の躍進について「先進国での深い政治的、文化的分裂に影響を与えるだろう。それは極右の諸党の将来にも大きく関わってくるだろう。環境政策が、自由民主主義と法に基づく国際秩序を支持するものとこれに反対する者との間の断層線の真っただ中に位置するからである」と指摘する。

 他方、環境的に持続可能な経済政策は、過去40年間の経済活動の敗者に負担を強いることになる。つまり、大気汚染を除くためには炭素の多い製品や活動を、炭素税などで今よりはるかに高くつくものにする必要があるが、取り残された者は炭素のコストの増大の影響を最も受ける。

 緑の党は、もちろん、そうした問題を熟知している。炭素の少ない経済への「公正な移行」の必要が緑の党の選挙運動の中心である。Sandbuは、緑の党は二つの具体的な対策を持っている、と指摘する。第一は、炭素税を導入する際に、ベーシック・インカム制度の導入など大胆な所得再配分を行い、弱者を支援することである。炭素税の収入を国庫にではなく国民に返すと言う「炭素税と配当」モデルは、欧州で支持を増やしている。第二は、「緑のニューディール」で、環境に良いインフラに対する公共投資を大幅に増やすことで経済の持続性を確保しようとするものである。欧州では投資が大幅に不足し、低成長、雇用不足を招いている。気候変動が無くても大幅な投資増が必要である。「緑のニューディール」は、米国の左派の一部も熱心に支持している政策である。

 欧州の緑の党は、こうした政策を掲げ、「敗者グループ」からの支持を得たということのようである。しかし、上記のような政策の実施には、大幅な政治の変革が必要である。そのような政策を実施するには、欧州の緑の諸党が単に第一党になるのみならず、緑の党を中心とする内閣を作る必要がある。Sandbuは「将来、我々の時代は欧州を初めとする緑の党にとっての転換点として記憶されることになりそうである」と言っているが、転換点となるためには緑の党の内閣ができなければならない。欧州でそうなるにはまだ時間がかかりそうである。

 「緑のニューディール」は上記の敗者層のみならず、国民一般に裨益するものである。その意味で炭素の少ない経済への「公正な移行」の一つと言えるかどうか疑問の余地もある。ただし、緑の党の支持者は上記の敗者層に限らない。敗者層に対比される「エスタブリッシュメント」層にも、環境問題に深刻な危機感を持っている者が多い。彼らにとっても大規模な緑のインフラ投資は歓迎すべきものであろう。

 欧州における緑の党の躍進により、環境問題は単なる健康、社会、経済問題にとどまらず、政治問題にもなった。欧州では、今や、中道右派も含めて環境重視である。米国のトランプ政権の反気候変動対策の姿勢とは著しく対照的である。Sandbuは、「公正な温暖化対策が実現されれば、自由な資本主義に対する環境上の、そして政治的な脅威を克服し、世界の歴史を変えることになるだろう」とまで言う。緑の党の躍進が続き、そこまで至るのかどうか、注意深くフォローしていく必要がある。

  
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