一方、日本政府は、政府機関で使う情報通信機器については機密漏えいやサイバー攻撃といった安全保障上のリスクも考慮して総合的に調達先を決める運用を19年4月に始め、ファーウェイなどを事実上排除したが、米国と違って中国企業の名指しはせず、日本の民間企業への対応も中途半端だ。
米国務省が20年8月、通信網や携帯電話アプリ、クラウドサービス、海底ケーブルなど通信本は「特定の国を排除する枠組みには参加できない」として参加を見送った。関連の5分野で、中国を排除した「クリーンネットワーク」の構築を各国に呼びかけた際も、日
要するに、米国の経済安保は、敵と味方を区別し、敵対勢力に機微な技術が流出しないようにすることを前提としているのに、日本には、中国を経済安保の対象として名指しする覚悟がないのだ。本稿の冒頭、経済安保は個別政策にとどまらず、覇権争いにつながっていくと指摘したが、日本の対応は、個別政策の域にとどまっている感が拭えない。
背景にあるのは、経済界の中国市場頼みの現状だ。菅義偉首相や二階俊博自民党幹事長も、経済界の意向を踏まえて中国との経済関係を重視しているようにみえる。
米国も以前は、経済界が中国へのエンゲージメント(関与)政策を後押ししたことで、経済安保の取り組みが進まなかった。ところが現在は、経済界も中国との「大国間競争」に舵を切った。民主党系の元米通商代表部(USTR)幹部は「共和党系のウォールストリート、民主党系のシリコンバレーの双方が、中国の産業政策を脅威と認識し、米中経済のデカップリング(分断)を求めて足並みをそろえている」と解説する。
日本では、21年1月に米国でトランプ政権からバイデン新政権への政権交代が行われれば、米中対立が緩和し、中国に照準を合わせた経済安保の取り組みも腰折れするのではないかという見方がある。
筆者もそうした懸念を全く持たないわけではないが、米経済界や議会の対中認識が変わったことに加え、民主党系の外交・安保専門家の多くがオバマ政権時に中国に期待をかけたのに裏切られた経験があり、既に動き出している経済安保の取り組みを逆戻りさせることはないとみている。
筆者はむしろ、日本がこのまま中途半端な姿勢を取り続けた場合、どこかの時点で「日本はどっちの味方なのか」と米国に不信感が広がることを懸念している。日本が経済安保の「抜け穴」と見なされれば、日本の企業や大学が機微な技術や情報を扱う研究・開発に参加できなくなり、日本の国益を大きく損なう。ひいては、日米同盟の信頼性、そして日米安保の抑止力が弱まることにもなりかねない。
日本は、中国とむやみに対立する必要はないが、経済安保では、対中国を明確にした対策が求められている。日本の対中戦略を早急に定めるべきだ。
■取られ続ける技術や土地 日本を守る「盾」を持て
DATA 狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き
INTRODUCTION アメリカは本気 経済安保で求められる日本の「覚悟」
PART 1 なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く
PART 2 狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ
PART 3 日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に
PART 4 「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ
COLUMN 経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを
PART 5 合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て
PART 6 激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ
PART 7 世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8 「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ
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