2024年4月24日(水)

Wedge REPORT

2021年2月24日

 もっとも、福島第一事故から10年で、国内原子力産業の様相は一変した。日本は原子炉技術の国産比率を約90%の高さで維持してきたが、近年、原子力関係メーカー14社の原子力関連業務に従事する従業員は減少傾向にあり、日本電機工業会によれば、特に溶接工など高い技術力を持つ技能職は、10年と比較し46%も減った。原子炉圧力容器、蒸気発生器、ダービン用の大型鍛造品等の基幹部品は、日本製鋼所など日本メーカーが国際市場で優勢であるものの、国内第2位の日本鋳鍛鋼は20年3月末に自主廃業に追い込まれた。再稼働を果たせなかった大手電力は、シミュレータ訓練や他社の運転炉に技術者を派遣するのが精一杯である。原子炉建設には10年を超える年月を要することから、30年代の国内新設炉はゼロとなる。技術継承の危機的状況を鑑みれば、リプレースや新増設を政治的タブーとせず、現実的選択として政策に組み込まなければならない。もはや一刻の猶予も残されていない。

 世界に目を転じれば、中国製、ロシア製原子炉の国内外での建設ラッシュが続いている。世界原子力協会によれば、露ロスアトムは国内の運転中38基、建設中2基、計画中21基に加え、インド、中国に4基ずつ、ウクライナ、イラン、ベラルーシ、バングラデシュ、トルコにそれぞれ2基ずつ、運転中もしくは建設中の原子炉を持つ。他にもアフリカ諸国をはじめとする諸外国に、30基以上の提案を行っている。

 一方、中国の躍進も目覚ましく、国内の運転中49基、建設中16基に続き、30基もの新設計画があると言われている。1985年に1号炉の着工以降国産化を進め、10年代には国産化率85%を達成した。中国広核集団(CGN)と中国核工業集団(CNNC)の技術を結集した初の国産炉「華龍一号」は、20年11月に稼働を開始、パキスタンで2基、アルゼンチンで1基の受注実績があり、英国、ケニア、エジプトでも計画中である。

 こうした中露の台頭を、米国は安全保障上の懸念と捉えている。原子炉建設・運転は通常、通算で60~80年の長期プロジェクトになる。技術提供国からの核燃料の供給が継続することや提供国銀行からの巨額のプロジェクト融資が紐付けされていることもあり、二国間関係は固定化する。米国は核物質・原子力関係資材を輸出する際、原子力法第123条に基づき、相手国との二国間協定を結び、輸出先国による第三国への再移転やウランの濃縮や核燃料の再処理を原則禁じている(日本や欧州原子力共同体を除く)が、中露の相対輸出は同類の厳密な統制下に置かれているとは言い難い。18年6月には原子力規制委員会元委員長など有識者が連名で、このままでは核不拡散体制や原子炉の安全性標準等への米国の影響力を失いかねないとの問題提起した書簡をエネルギー庁長官に送付した。

深宇宙探査や原子力電池
応用技術の進歩にも期待

 続く10月には、次世代の主力と目される各種小型モジュール炉(SMRs)の革新的技術について、中国への移転を原則禁じ、16年にスパイ容疑で摘発した技術者を有したCGNとその関連会社には、原子力関連品目全ての移転を禁じた。産業競争力の相対的優位を維持することの重要性は、今年1月8日、エネルギー省の戦略的ビジョンでも謳われており、気候変動問題に積極的に取り組むとするバイデン政権においても継承されるであろう。

 SMRsは事故リスクを軽減させる安全制御システムを内蔵し、設計の簡素化・標準化によって大量生産を可能とした次世代炉で、米国でも日立製作所とゼネラルエレクトリック(GE)との合弁や、多くのベンチャー企業の開発投資に政府の補助金や民間のリスク資金が集まる。このように、原子炉においても、技術革新は不断である。

 さらには、原子力の応用技術も飛躍的に進歩すると期待されている。たとえば、1970年代以降に人工衛星等に搭載された原子力電池が、その100年以上という長寿命から、近年、再び脚光を浴びている。太陽光の届かない深宇宙探査はもちろん、リチウムイオンなどの現行の蓄電池を代替する可能性も秘めているからである。

 原子力技術に対する米国の姿勢が示しているが、エネルギーやその基盤技術は重要インフラであり、関連政策は第一に自国の置かれている地政学的・地理的条件や、産業競争力を考慮すべきである。「地球を救う」といった理想主義やイデオロギー偏重の政策議論は、国力の減衰にしか帰結しない。

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Part 4   過剰な予算を投じた復興 財政危機は「想定外」と言えるのか   
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◆Wedge2021年3月号より


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