スポーツ名著から読む現代史

2021年10月14日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

大相撲「冬の時代」の中で戦い続けた

 同書の「序」は、10年7月25日、名古屋場所千秋楽の結びの一番、大関把瑠都との一戦から筆を起こしている。14日目まで勝ちっぱなしで、同年1月の初場所14日目からの連勝を「46」まで伸ばしていた白鵬は、左からの上手投げで把瑠都の巨体を土俵に這わせた。

 3場所連続の全勝優勝で、連勝記録は「47」に伸びた。白鵬にとって通算15度目の幕内優勝だったが、白鵬にとって、また日本相撲協会にとっても、この場所は「特別な」場所だった。

 同年5月、土俵下の通称「砂かぶり」と呼ばれる維持員席をめぐり、協会の親方が暴力団関係者に便宜を図っていたことが分かり、大相撲と暴力団関係者の黒い交際の疑惑が浮上した。6月には、現役大関をはじめとする複数の力士が野球賭博に関与していたことが分かった。

 このため7月の名古屋場所は、賭博に関わった関取が解雇や謹慎処分となり、番付は虫食い状態。優勝賜杯を協会が辞退し、NHKのテレビ中継もない異例の場所となった。

 白鵬はこの時の優勝について、同書の中でこう書いている。

 <表彰式では、涙が止まらなくなった。(略)天皇賜杯の授与がないことは事前に知らされ、理解していたつもりだったが、実際に賜杯がないことを目で確かめた瞬間、無性にさびしく、悔しく、悲しかったのである。天皇賜杯とは、大相撲が国技であることの証しだからだ>(同書6~7頁)。

 白鵬は表彰式後のインタビューで「こんな場所は二度とないと思います。こういう場所を経験したことを前向きに、プラスに考えて、それを生かして、あらたな気持ちで頑張りたい」と大相撲ファンに約束した。

災難が続く中での「一人横綱」

 だが、白鵬が涙を流した「こんな場所」、いや「もっと悲惨な場所」が1年もたたないうちにやってくる。11年2月、警察が野球賭博に関与した力士の捜査を進める過程で、本場所中の勝ち負けを金銭で売り買いする、大掛かりな八百長相撲を疑わせる携帯メールの存在が明らかになった。「最後はすくい投げあたりがベスト」など、具体的な取り口まで記述したメールもあった。

 国民の信頼を根底から揺るがす最大級の不祥事である。白鵬の7場所連続優勝が懸かった3月の春場所が中止となった。さらに5月は、夏場所の代わりに「技量審査場所」が開催された。

 またも優勝賜杯はなく、NHKの中継もなし。興行ではないため、ファンに無料で公開した。「技量審査場所」の個人成績は本場所と同様の扱いとなり、13勝2敗で制した白鵬は、優勝回数を「19」に、連続優勝を7場所に伸ばした。

 モンゴル出身の先輩横綱朝青龍の引退後、「一人横綱」となった白鵬は、前例のない激震に見舞われ続けた大相撲を文字通り孤軍奮闘して土俵を引き締め続けた。

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