日本の「不完全な統合」
日本の港湾はどのような道を歩んできたのか。
日本では、全国各地の港がそれぞれ地域経済を支える役割を担い続けてきた。明治以降、「港は地域の産業基盤である」という考え方が重視され、特定の港に機能や貨物を大胆に集約する発想は採られてこなかった。その結果、どの港も一定の貨物量は持ちながらも船社の判断を左右するほどの「圧倒的な物量」を形成できない状態が長年にわたり固定化されてきた。
日本政府も、この課題を放置してきたわけではない。2010年には京浜港(横浜・川崎)と阪神港(神戸・大阪)を「国際コンテナ戦略港湾」に指定し、基幹航路の維持・強化を目指してきた。港湾運営会社による一体運営も進められ、制度上は「統合」に向けた枠組みが整備されてきたのも事実である。
しかし、その実態は「不完全な統合」にとどまっている。 最大の貨物量を誇る東京港が独自のガバナンスを維持し、京浜港全体としての一元的な意思決定には至っていない。
阪神港においても、自治体ごとの利害調整が優先され、投資判断や料金政策、サービス水準の統一に時間を要してきた。地方自治体の自律性を尊重するあまり、国家としての競争力強化という視点が後景に退く場面が少なくなかったのである。
この構造は、変化の激しい国際海運市場において致命的だ。
船社は寄港地を「国」ではなく「港単位」で評価する。意思決定が分散し、対応に時間を要する港は、定時性と効率性を重視する現代の基幹航路から敬遠されやすい。港湾運営会社制度が導入されてから10年以上が経過した今もなお、制度の実効性を高めきれていない点は、日本の港湾政策における大きな課題だ。
もっとも、日本が単純に「一点集中」に踏み切れない理由も存在する。
日本は南海トラフ巨大地震などが懸念されている通り、大規模災害のリスクを抱える災害大国である。港湾機能を一極に集中させれば、被災時に物流が完全に麻痺する危険性は否定できない。耐震強化岸壁の整備、防波堤の粘り強い構造化、日本海側港湾の機能強化など、分散によるリスク回避と早期復旧を重視する施策は、国民生活と経済を守るための正当な生存戦略でもある。
しかし同時に、この「安全のための分散」が、結果として経済競争力の議論を先送りする口実として使われてきた側面も否めない。安全か、競争力か。分散か、集中か。この二項対立の中で、港湾政策は長らく意思決定を躊躇してきた。
日本を「一つの港」へ
基幹航路が日本の港に寄らなくなったという事実は、感情論で嘆くべき問題ではない。 冒頭で触れた通り、船社が寄港地を選ぶ基準は「貨物量×運賃単価×定時性の確保」という実利にある。
では、競争力を失った日本は、このまま基幹航路から外れた「スポーク(支線)」として生きていく他ないのか。 必ずしも、そうとは言い切れない。
日本全国に分散するコンテナ取扱量を合算すれば、約2200万TEUに達する。これは単一港として換算すれば世界トップ10圏内に相当する規模であり、量そのものが決定的に不足しているわけではない。 真の問題は、その量が国家として束ねられず、国内の港同士がパイを奪い合う「部分最適」に陥っていた点にある。
寄港回数や航路維持、投資配分をめぐり港ごとの事情が優先された結果、日本全体として船社に提示すべき価値が分散されてしまった。船社の目に今の日本は、巨大なマーケットではなく、「小さな選択肢の集合体」として映っているのである。
