科学的な議論を空回りさせる
目くらましの懐疑論
科学的な問題が政治的な色で染められるのは、地球温暖化に限らない。新型コロナウイルス感染症についても、そうだった。個人の自由を尊重し経済を優先する共和党勢力では、トランプ大統領がマスクの義務化に消極的な姿勢を示し、厳しい外出規制を課す一部の州知事に批判的なコメントを繰り返した。米ピュー・リサーチ・センターの調査(6月実施)によると、「公共の場でマスクを常にするべきだ」と答えた割合は、民主党支持者の63%に対し、共和党支持者は29%にとどまった。
こうした溝をいかに埋めていくのか。「科学はデータだけでは伝えられない」と気付いた科学者たちの活動が、米国で活発化していた。
テキサス工科大学のキャサリン・ヘイホー教授は地球温暖化の研究者で、温暖化を疑う人たちへもメッセージを届けようとしている。米国では、保守系シンクタンクが「地球温暖化が人類の影響だとする十分な証拠はない」などと人為的な温暖化を疑う「懐疑論」を展開している。その一つ、ハートランド研究所は17年、約100万ドルを投じ、懐疑論を書き連ねた小冊子30万冊を作って政治家、理科教師、メディア関係者らに無料配布した。
こうした懐疑論について、ヘイホー教授は「煙幕にすぎない」と指摘する。戦場で味方の動きを隠す煙が煙幕だが、懐疑論も同様だというのだ。
保守系の政治勢力は小さな政府を指向し、規制を嫌う。一方、温暖化の科学を受け入れれば、CO2の排出規制などにつながる可能性がある。そこで、「規制が嫌い」という本心をそのまま訴えるのではなく、科学を装った目くらましの懐疑論を主張する。そんな構図を煙幕に例えた。煙幕を真正面に受け止め、「温暖化を示すデータは十分にある」と生真面目に主張しても、議論は空回りするだけだ。
煙幕の裏にある本当の意図
相手の「心」をくみ取る努力を
「煙幕の向こうにある本心を見極めたコミュニケーションが重要だ」とヘイホー教授は指摘する。ヘイホー教授だけでなく、元共和党下院議員ボブ・イングリスさんが「知識は『心』を通って『頭』に届く」との思いで温暖化の科学を伝えようとするなど、伝え方に気を配る動きが広がっていた。
こうした心を大事にする情報伝達は、実は、古代ギリシャまでさかのぼる。古代ギリシャのアリストテレスは人々に物事を伝えるときの大事な要素に、ロゴス(Logos=論理)、エトス(Ethos=信頼)、パトス(Pathos=共感)の三つを挙げた。科学者が事実を重視して論理的に説得を試みても、それは3分の1の要素でしかない。話し手の信頼、聞き手の共感があってこそ、情報が伝わるのだ。
地球温暖化を食い止めるには、科学的な研究に基づく対策が欠かせない。自然現象は、人々の思いを斟酌してくれない。CO2の排出が続けば、地球が温暖化していくことはほぼ確実だ。しかし、その事実だけに頼るコミュニケーションでは限界がある。
環境対策というと聞こえはいいが、実行には規制強化など痛みを伴う。利害が絡む中で、「敵か味方か」という構図が生まれると、たとえ科学的に正しいことでも理解を得るのは難しい。相手を「科学的でない」とさげすむ姿勢があっては、なおさらだ。
意見の食い違いは何が原因なのか。反対する人は何を心配しているのか。脱炭素社会の実現に向けて動き出した日本でも、相手の「心」をくみ取るコミュニケーションが求められる。
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