柔軟な政策転換が物語る
政府の強い意思
ドイツが「脱原発」政策によって直面した、南部における電力不足を嘲笑する声もある一方、「脱原発」にもかかわらず再エネの力で電力の純輸出国になったことを賞賛する声もある。ドイツの実態を見れば、脱原発を実現するため、供給力の確保と経済性を考えつつも、政策の目標の達成に向け試行錯誤している姿が見えてくる。政府首脳も実にしたたかだ。
14年当時のガブリエル副首相兼経済エネルギー相が、雇用と安定供給を念頭に置き「脱原発と脱石炭を同時に行うことはできない」と発言し、雇用と経済を優先する立場を明らかにした。メルケル首相も18年にEUの温室効果ガスの削減目標引き上げに強硬に反対するなど、EU内で足並みを乱すことを厭わず、ドイツにとっての国益とは何か、を見据えながら方策を打ち出した。温暖化の対策強化に反対するなど、迷走しているようにさえ見えるドイツだが、その時点ではさらに重要なことがあったということの裏返しだ。
イギリスはどうだろうか。温暖化対策に熱心な政府の脱炭素電源導入に向けた意思は固い。EDFが原発プロジェクトに中国企業の参加受け入れを表明した際に、懸念の声が大きい中でも参加の承認を決断したのは、当時のメイ首相だった。洋上風力の導入量増を表明したジョンソン首相は、かつて労働党が掲げた洋上風力の導入政策を「役に立たない。大事なのはシェールガスだ」と非難したこともあるが、原発の建設が不透明になるやいなや、既存の方針を転換する柔軟性を示した。
漂流する日本の数値目標
独・英から学ぶべきこと
日本は不思議な国だ。冒頭で述べたように、エネルギー政策の目標として具体的な数値でエネルギーと電源構成を示した。しかし、市場経済の中で数値目標を掲げるのであれば、実現するための政策が担保されていなければ、それは単なる願望であり、目標は宙に浮いてしまう。
エネルギー政策における目標の前提にあるのは、生活と産業に向けて環境性能に優れ、競争力があるエネルギー・電気を安定的に届けることだ。そのためにも経済性、安定供給、環境のそれぞれで大方針を掲げ、政策でコントロールすることが可能な範囲で地に足の着いた数値目標を示すことにとどめるべきだ。その後は、情勢を見ながら政府が責任をもって都度政策の修正を加える必要があるが、そのように柔軟に対応する独・英の手法の方が、政策の裏付けがなく、実現が不透明な数値目標を掲げている日本よりもよっぽど優れているように思う。
世界的な主要課題となった温暖化対策においては、この分野で先行する欧州や60年までにCO2の排出を実質ゼロにすると表明した中国も、目標の達成に向けて新たな技術開発に挑むだろう。具体的には水素、電気自動車、小型原子炉、新型蓄電池、CO2の吸着・貯蔵技術などに桁違いの資金を投入し、本気で取り組むことが予想される。日本企業は平成の30年間で、それらの国々とすべての分野で対等に戦うための力を失いかけている。世界の競合がひしめく中で、我が国の資金と技術をつぎ込む価値のある有望な分野を見極めるためにも、柔軟な政策立案が鍵となる。日本は実現への具体策が乏しい数値目標を立てて満足しているときではない。
■脱炭素とエネルギー 日本の突破口を示そう
PART 1 パリ協定を理解し脱炭素社会へのイノベーションを起こそう
DATA データから読み解く資源小国・日本のエネルギー事情
PART 2 電力自由化という美名の陰で高まる“安定供給リスク”
PART 3 温暖化やコロナで広がる懐疑論 深まる溝を埋めるには
PART 4 数値目標至上主義をやめ独・英の試行錯誤を謙虚に学べ
COLUMN 進まぬ日本の地熱発電 〝根詰まり〟解消への道筋は
INTERVIEW 小説『マグマ』の著者が語る 「地熱」に食らいつく危機感をもて
INTERVIEW 地熱発電分野のブレークスルー 日本でEGS技術の確立を
PART 5 電力だけでは実現しない 脱炭素社会に必要な三つの視点
PART 6 「脱炭素」へのたしかな道 再エネと原子力は〝共存共栄〟できる
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