2022年12月3日(土)

WEDGE REPORT

2020年12月22日

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マクシム・クリロフ

国際ジャーナリスト

1988年ロシア生まれ。モスクワ国際関係大学国際関係学部、一橋大学法学部卒。10年以上にわたり日本と中東を中心に国際情勢を取材し、カーネギー平和財団モスクワセンターへの寄稿も多数。
 

強かなロシアの立ち回り

 同盟国アルメニアの敗北を黙認し、アゼルバイジャンを後押ししているトルコによる地域への介入まで許してしまったロシアは、一見すると損をしたかのように思える。だが、それは見当違いだろう。第一に、ロシアの仲介で行われた11月10日の停戦合意で実現した、ナゴルノカラバフへの〝平和維持部隊〟の配備によって、この地域一帯におけるロシアの影響力はむしろ格段と強くなったのである。

 旧ソ連圏や中東の紛争に必ず一枚噛もうとするロシアの狙いは、それらの紛争の行方に関する一切の取り決めに対して「拒否権」を得ることである。その拒否権が持つ価値は紛争自体に限らず、ロシアと紛争の当事者、さらにいうとロシアと他の関係国・関係組織とのやりとりにおいて、貴重なカードになっている。今回の紛争で一戦も交えないで平和維持部隊というカードを手に入れたロシアは、大いに得したといえよう。

 第二に、アルメニアの敗北は最初からロシアの計算のうちに入っており、むしろモスクワにとっては最も望ましいシナリオだったと思われる。周辺国に対するロシアの戦略を最も的確に表す言葉は、「フィンランド化」であろう。1939~44年までの間に2回もソ連と戦火を交え、敗戦した北欧フィンランドは、戦後の冷戦期、市場経済や民主的な政治体制を維持する一方、外交政策においてはモスクワの逆鱗に触れるような動きを一切避け、一貫して中立を保ってきた。

 旧ソ連圏の文脈でいうフィンランド化は具体的に二つのNOを意味する。一つ目は、内政において反ロシア的なレトリックを助長しないこと。二つ目は、外交においてロシアに敵対する北大西洋条約機構(NATO)のような組織や二国間条約に参加せず、将来的にもそれらに参加する意図を持たないことだ。

 第二次ナゴルノカラバフ戦争で最後までアルメニアと一定の距離を保ち続けたロシアの狙いは、アゼルバイジャンの手を借りてアルメニアの立場を悪化させ、同国を従来の親露路線に戻し、そのフィンランド化を半永久的なものにすることだ。屈辱的な停戦合意に署名したアルメニアのパシニャン政権が比較的近いうちに辞職に追い込まれる公算は大きい。極限に弱ったアルメニアを受け継ぐ後継者は、ナゴルノカラバフ紛争自体が最終的に解決されない限り、モスクワの不満を招くような行動を控えるだろう。

超大国なき国際秩序

 今回の戦争で、武力による現状変更を黙認してしまったのはロシアだけではない。米国や日本など西側諸国も同様で、国際社会は一様に鈍いリアクションを示した。

 これは今回に限定した事態ではない。ソ連の崩壊後に超大国・米国によって築き上げられた国際秩序は明らかに衰退している。グローバルな「パクス・アメリカーナ(米国による平和)」の代わりに誕生していくのは、トルコやロシアのような地域大国による勢力圏だ。こうした勢力圏同士の競争を伴う「秩序の局地化」が今後の国際関係を形成していくだろう。

 日本の戦国時代にも似ているこのような構造は、冷戦期の二極体制や冷戦後の一極体制よりもはるかに不安定である。超大国・米国が今まで支えてきた国際秩序が今後も弱体化していく可能性がある中、ナゴルノカラバフのように長年にわたって凍結状態にあった紛争が、これからも次から次へと再燃していくことだろう。それはアルメニアのように安全保障において自らより強い同盟国に頼らざるを得ない日本にとっても、看過できない問題である。

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PART 3         日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に 
PART 4     「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ   
COLUMN       経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを   
PART 5         合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て   
PART 6         激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ 
PART 7         世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
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◆Wedge2021年1月号より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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